交通事故で健康保険使用になる理由

 交通事故の被害者や,その治療を行う整形外科医から,「交通事故なのになんで健康保険使用になってるの?」という質問を良く受けるので,まとめてみました。

【交通事故は自賠治療では?】
 「交通事故は自賠治療」という話を整形外科医からよく聞きます。このため,自賠治療なるものがそもそも何なのか,というところから説明します。
 加害者側任意保険会社(対人社)は,自賠責保険から出る保険金額を超える部分を賠償することになっています。このため,本来であれば治療費を被害者が支払い,自賠責保険へ被害者請求し,足りない部分を対人社へ請求することになります。
 もっとも,被害者請求は請求から支払いまで数ヶ月かかるため,被害者保護の観点から,対人社が自賠責保険支払部分を含めて一括して速やかに支払い(医療機関への直接払を含む)を行い,その後に自賠責保険へ加害者請求するという形(一括対応)を採ります。
 整形外科医にとっての「自賠治療」とは,この「一括対応」を指していることがほとんどです。そして,「自賠治療」が「自由診療」と同義になっていることが混乱のもとになっています。
 健康保険を使った上で,1~3割の自己負担分を自賠責保険に請求しても,自賠責保険は保険金を支払います。このため,自賠治療=自由診療というのはミスリードに感じます。自賠責保険が自由診療の点数を認めるため,交通事故では自由診療が多い,というレベルに留まるのです。
 健康保険や労災が治療費を支払った後,加害者に求償(支払った部分は一種立替のような形なので請求すること:健康保険法57条1項等)するのは,交通事故で健保等を利用できることが前提となっています。厚労省も通達(平成23年8月9日保保発0809第3号など)で交通事故での健康保険利用を行えるとしています。

 以上の基礎知識をもとに,交通事故で健保等を利用することになるケースを説明します。

【加害者が損害賠償責任自体を認めていない場合】
 事故で被害者が怪我をしていない(受傷否認),被害者に100%過失がある(加害者無過失)などと加害者が主張する場合,賠償責任自体を否定しているため,当然治療費を払いません。そうすると,治療が必要な患者としては健康保険や労災,人身傷害保険(後述)を使用せざるを得ません。

【加害者が責任自体は認めるが,被害者過失が大だと主張する場合】
 被害者の過失が大きい(体感的には4割以上)の場合,過失相殺後の対人社支払額が自賠責保険の支払額を下回る可能性があると,過払いになる可能性を考慮して一括対応せず,被害者はやむを得ず健保等を利用することになります。
 これは,自賠責保険が7割以上の過失がないと支払保険金を減額(重過失減額)しないのに対し,対人社は通常通り過失相殺するため,ズレが生じることに理由があります。

【加害者が責任自体は認めるが,被害者の過失がやや大きいとする場合】
 自賠以下になるほどではないものの,被害者に一定の過失(2~3割)があるときは,健保等の利用を打診します。一点単価が10円に固定されるため,対人社としては賠償金が少なくなるメリットがあります。
 反面,被害者にもメリットがあります。例えば自由診療1点15円で150万円の治療費がかかる場合,健保利用なら100万円です。過失3割なら被害者の自腹は健保で30万円,自由診療で45万円となり,健保利用で自腹を削減できます。
 被害者側弁護士として,過失がある程度大きいときは,健保等の利用をアドバイスすることがあります。この点,診療報酬を切り下げられる整形外科医に申し訳ないとは感じています。

【加害者が責任自体は認めるが,治療費が大になる場合】
 被害者に過失が無くとも,長期の入院や手術が必要になる場合,治療費がかなりの金額になるため,健保等で治療費を圧縮したいという対人社のインセンティブが生まれます。
 ただ,この場合の健保利用に被害者側にメリットがなく,リハビリが150日に原則制限されるため,被害者側として拒否することが多いです。ただ,一括対応はあくまで対人社のサービスであり,義務ではないため,健保を使わないなら治療費を速やかに支払わないとする対人社もあります。

【人身傷害保険利用の場合】
 自損事故や,対人社が一括対応しない場合,被害者の人身傷害保険から治療費を出してもらうことがあります。この人身傷害保険は,約款上で健保や労災の使用努力義務が定められており,人傷社が健保等の利用をゴリ押ししてくることがあります。あくまで努力義務ですので,拒否することはできますが,同じく治療費の支払いを保留されるリスクはあります。

【まとめ】
 以上が健保等の利用が生じるケースです。健康保険利用時に自賠責保険様式の診断書レセプト,後遺障害診断書を作成しないという整形外科医は一定数いらっしゃるため,この場合は健保利用のメリット・デメリットをよく検討する必要があります。
 ポジショントークに見えるかもしれませんが,患者さんが健保等の利用を申し出てきたときは,それが適正なのか判断させるため,弁護士への相談をアドバイスしていただけると幸いです。

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