指名手配犯K


2024年1月—ある指名手配犯についての報道に注目が集まったことは記憶に新しいだろう。その指名手配犯というのは、東アジア反日武装戦線のメンバーであった桐島聡(以下「K」とする)だ。この記事において、私の親戚が体験したKにまつわる話を、特定されない程度に紹介しようと思う。

今からもう50年程経とうか、東アジア反日武装戦線による連続企業爆破事件が起こってから。その連続企業爆破事件のうちの1つが、私の親戚の家から歩いて行ける距離で起こったのだという。

事件当時、私の親戚は小学生であった。事件翌日の早朝、当時SNSなど発達していない中で、新聞の報道を見たのか人伝に聞いたのかは定かではないが、爆破事件についての話題で持ちきりだった。私の親戚は、小学校の友人1人と「爆破事件が家の近くで起こるなんて…」等と話しながら登校していたそうだ。小学校へ向かう途中、20代くらいの眼鏡を掛けた男に、「私は〇〇新聞の記者なんだけど、××爆破事件が起こったのはどこか案内してくれるかな?」と話しかけられたのだという。今でこそインターネットを使えば場所など簡単に分かるが、当時はそんな便利なものはない。私の親戚とその友人は、小学校の場所と事件場所の方面が一緒だったからか、親切にもその男を事件場所まで案内した。その男は、案内のお礼として、2人にチョコレートか何かのお菓子をくれたのだという。

私の親戚は、指名手配犯Kと名乗る男(後にそれが本当だったと明らかになるのだが)が見つかったという報道を見て、上記の小学生の頃の出来事を思い出したのだという。そして、今思えば(と言っても50年近くのブランクがあるわけだが)、男に不審な点があったのだという。というのも、男は、〇〇新聞の記者と名乗っていながら、〇〇新聞の記者であることを標榜する名札等を付けていなかったという。また、そもそも新聞記者が事件場所をよく知らずに小学生に聞くようなことがあるのかというのも(今思えば)不審に感じるという。さらに、男は、事件場所に着いてから特に取材のようなことをする様子もなく、ただ事件場所を眺めているだけで、2人にチョコレートか何かのお菓子を渡してすぐに帰ったのだという。

今となっては真実など分からないが、恐らくその男は〇〇新聞の記者などではなく、東アジア反日武装戦線のメンバーKだったのではないかと思う。私の親戚とその友人に事件場所を案内させたのは、事件現場の警戒体制からすると1人でいるのでは怪しまれるだろうから、小学生を側に置いておくことで、不審者感を軽減しようとしたのではないかと推測される。その男の見た目も、今思えばKに似ているような気がするのだとか…

あなたの身近にも潜んでいるかもしれませんよ。

拙い文章ですが、読んでいただきありがとうございました。

虚人/kyojin

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