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【海やまのあいだ】 2022年秋の滞在日記

11月2日水曜日
13時25分羽田発、鳥取行きANA295便に搭乗する。機内では最後尾の通路側に座る。離陸前に通路を挟んだ隣の席が丸々一列空いているのに気づき移ろうとすると、CAに案内されて四角い荷物を抱えた女性が移動してくる。荷物はおそらく骨壷。機内では坂本龍一のOut of Noiseを聞きながらほとんど寝ていた。
15分遅れて鳥取空港に到着。空港から連絡バスで鳥取駅へ。16時21分豊岡行きの汽車に乗る。窓の外の田畑を眺めながら、Elliott SmithのEither/Orを聞く。日が沈み車窓が車内の風景に変わったので、朝吹真理子のTIMELESSを4年ぶりに再読する。こんなにも密度の高い内容だったのかと、第一章を読むだけでかなりの時間を要した。
18時19分城崎温泉駅着。抗原検査を終えて、城崎国際アートセンター(KIAC)にチェックイン。

11月3日木曜日
朝6時半にKIACを出発。
7時に竹野漁協前から與田政則さんの漁船で沖へ出る。湾から出た瞬間に、波が荒くなり青かった海面が黒くなる。海から眺める竹野浜の上空に雲海が見える。沖の岩場に建てられた龍宮城と呼ばれる閉業した観光施設が、霧に覆われて浮かんでいる。冷たい風と波飛沫を浴びながら8mmフィルムを回す。
船から降りて陸地に座り込むと、今まで以上に陸の安定を感じる。念願だったGYOSEN HOKENと書かれた帽子をもらう。
民宿大栄で潮をかぶった三脚とカメラを拭く。赤飯のおにぎりをもらう。
西町の子供神輿を見学。途中、赤いかを取るための疑似餌を見せてもらう。子供神輿の終点は諏訪神社で、古い社に木々が生い茂っている。西町の共同墓地を通り、弁天浜へ。
民宿大栄でさざえの炊き込みご飯をもらう。竹野浜で食べようとした瞬間、背後からばさっという羽音と風と共にとんびが襲いかかってくる。浜を離れ竹野地区コミュニティーセンター駐車場のベンチで続きを食べる。そのまま地区の文化祭の展示を見る。
中竹野地区コミュニティーセンターに移動し、松永さんに挨拶をする。今朝罠にかかった4頭の鹿の話や、穴熊の捌き方を聞く。こちらでも文化祭が行われていて、韓国から引っ越してきた牧師のコンさん夫婦と地元の人たちの教会音楽を聞く。
テスト撮影の下見のため三原へ向かう。道中、畑でセイタカアワダチソウを燃やしていたので撮影する。
三原で電動車椅子に乗って散歩中の加悦忠雄さんに再会し、挨拶をする。

11月4日金曜日
スタジオ2で、Synthia BeattのCycling the FrameとThe Invisible Frameを観ながら、どのように自転車を撮るか、風景を撮るかを話し合う。7月の滞在時に撮影した8mmフィルムの映像も見る。

11月5日土曜日
雨が降っている。
9時45分KIACを出発。旧三原小学校のコミュニティーセンターに車を駐めて、機材の準備をする。軽トラの荷台から撮影するため、落下しないようにハーネスという舞台で宙吊りになるときの用具を装着し、体と軽トラを鎖でつなぐ。軽トラは豊岡市の公用車のため、志賀館長に運転をお願いする。
頭上に木立が覆いかぶさる道を選んで人物が入れ替わるシーンを撮影する。デジタルで4回ほどリハーサルをして、本番の撮影を16mmフィルムで行う。幸い雨は止んでいる。
自転車に乗る與田千菜美さんを俯瞰からロングショットで捉えるシーンを撮影して、昼休憩。
志賀館長宅で弁当を食べる。志賀さんがコロッケと根菜の味噌汁を用意してくれる。
14時から撮影再開。車で自転車と並走して、後部座席の窓から與田さんの向こうに木立が流れていくのを撮る。
浜へ向かう道中、前方を走る自転車をフォローして撮影する。何台か車が通過するのを待っていると、田んぼの畦道に、罠にかかった鹿がいるのに気づく。ワイヤーで縛られた後ろ足を抜こうともがいている。しばらくして男性が長い木の棒に包丁をくくりつけた槍のような道具を持ってきて、鹿の胸元めがけて何度も突く。その度に痙攣していた鹿が、やがて動かなくなる。撮影を終えると雨が降り始める。
竹野浜沿いの道に出て、また並走シーンを撮影する。車通りが多いので、道の両側にスタッフを配置して、車が来ないことを確認してから撮影を始める。自転車がフレームインしてしばらく並走、そしてフレームアウトするという動きを4回ほどリハーサルして、本番。直後にフィルムが終わる。


11月7日月曜日

午後から自転車で円山川へロケハンに出かける。城崎大橋を渡っていると、橋をくぐって河口へ向かう船を見かける。その後、自転車で新設工事中の城崎大橋をくぐり、Uターンして楽々浦湾へ。次に、河原の薄野を8mmで撮影する。再び城崎大橋を渡り、河口方面へ向かう。大江戸温泉のあたりで路地へ入る。川沿いをしばらく走り、桃島神社の奥まで行く。地元の男性ふたりに熊が出ることを告げられる。そばにある柿の実は、熊がほとんど食べたと言う。桃島池で漁をしている船を撮影する。

11月9日水曜日
朝、ロケハンに出かけるためKIACを出ると、玄関の前に鳥が目を開けたまま死んでいる。KIAC裏の木の下に埋葬する。
谷の最深部にある川南谷という集落へ向かう。途中、田んぼの畦道でたぬきをこん棒で撲殺している男性がいる。川南谷は家が2軒ほどあるだけで、あとは休耕田や壊した家の土台だけが残っている。いたるところにイノシシが掘り返したあとがある。
谷を降りて床瀬へ向かい、そばを食べる。
日高へ抜ける目坂峠を越える。昔、三原の人々はこの峠を歩いて日高と往来していたかもしれない。山神社という、鳥居をくぐって階段を降りた先に本殿がある神社へ。銀杏や欅の大木があり、脇には清流がある。
稲葉川に向かい、二段滝などを見る。この周辺には他にもたくさん滝や淵があるので、また次回訪れることにする。
江原河畔劇場の裏は、円山川が大きく蛇行している箇所で、内側に砂州ができている。逢魔時がよく似合う場所。川沿いの森から鹿の鳴き声が聞こえる。ずっと同じところで鳴いているので、おそらく罠にかかっている。
城崎へ帰る道中の交差点で、背後から衝撃音がする。振り向くと交差点の中で停車する軽トラックと、その向こうを転がる男性の姿。その光景が背後へ流れていく。その後の車内で、自然と志賀直哉の城の崎にての話になる。曽我部恵一の歌の一節を思い出す。

彼女は思っている / 人生はちっぽけなガラス細工だと / 壊れては消える
もうずっと思っている / 人生は強力な安い薬だと / 突然に終わる

"She’s a rider"

夕食時、ラウンジにいた滞在アーティストの佐藤朋子さんに今日のことを話すと、旅人は一定期間しかそこにいないから死か生のどちらか一方の鮮烈な印象しか残らないかもしれない。だが一年を通してそこにいると、死があってもまた生の季節が訪れたりという巡りを感じるのではないかと言われて、腑に落ちた。特に志賀直哉が生きた近代という時代は、死を通して内面を探求する文学が主流だったので、その印象が強いのかもしれない。それとは別の、個ではなく複数の私という視点から物を書いた森崎和江という女性を教えてもらう。

11月10日木曜日
KIACから自転車で鋳物師戻し峠を越えて竹野へ向かう。志賀直哉由来の桑の木を通り過ぎたあたりから自転車を降りて、押して歩く。頂上までは予想していたよりはるかに遠く、半袖一枚になって登る。昔の人は旅といえば徒歩だったのを思い出し、ここを通った鋳物師もそうだったのかもしれないという想像から釈迢空の短歌を思い出す。

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり
人も馬も道ゆきつかれ死にヽけり。旅寝かさなるほどのかそけさ

 "海やまのあひだ"

トンネルを越えて、下り坂を自転車に乗って駆け下りる。映画のファーストシーンはこの下りの長回しでもいいかもしれない。田んぼの中の一本道を抜けて竹野図書館へ向かう。竹野市史の通史編を読み、気になる箇所のメモを取り、コピーも取る。次回の滞在ではヨゴレババ伝説のある、田久日に行こう。
日が暮れる前に再度、鋳物師戻し峠へ。城崎へ出る下り坂の途中で、山の中に姿を消す鹿を見る。

11月11日金曜日
10時に中竹野にある圓通寺に集合し、地元の人たちと住職のお母様にお寺を案内してもらう。本堂に龍の天井画がある。月庵和尚の逆さ椿や、牛が自ら尾を切った話を聞く。日本霊異記に出てきそうな話で興味深かった。
KIACに戻り、スタジオ2でルイス・ブニュエルのビリディアナを観る。
佐藤さんが、ぼけと利他という本の中に、認知症の人たちをケアしていると子孫を残すために生むのではなく、土に還すために生むのではないかという記述があると教えてもらう。

11月12日土曜日
11時56分城崎温泉駅発の汽車に乗る。快晴の中、海沿いを鳥取へと走る。
鳥取駅で連絡バスに乗り換え、鳥取空港へ。そして羽田空港へ飛ぶ。
機内から地上を見下ろすと、山脈とその谷間に流れる川、その周りに集落や住宅が広がっているのがわかる。
首都高が渋滞している。Antony & The JonstonsのI am a bird nowを聞きながら、夜の東京を眺める。たった数時間で景色が大きく変わっている。


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