小説 回し屋 2

第2章
初めまして。今日からよろしく。
妻がいなくなった後、転勤することにした。妻と暮らした約二十年の思い出が染み付いた東京にこれ以上いられない。東京ほどではないが、まあまあ都会であるところに異動した。パチパチと乾いた拍手と女性群のひそひそ声。
ここは女性が多いから今の君にはきついんじゃないのかい?と言われたことを思い出した。私は課長。そのくらい注意出来なくてどうする。楽に考えることにした。
職場に慣れて数ヶ月。女性群が私をカタブツと呼んでいることは知っていた。それでも構わない。妻…元妻の事を触れられていた時よりはマシさ。気持ち悪いかもしれないが、彼女達にからかわれるのが嫌で逆に彼女達を観察するようになった。その中でふと気になる娘がいた。恋ではない。周りが髪の毛を染めたり、ショートカットにしていたりする中、黒髪を眉上でをそろえ、味気なく1つに結い上げている地味な女性。名前を奥村幸子も言い、学生のようにグループを作る女性達の中を転々としていた。ハブられているというよりはあちらこちらにふらっとやってきてふらっと帰る。どのグループでもからかわれ、小馬鹿にされてヘラヘラと笑っていた。モテないだのセンスがないだのトロいだのと男女問わず言いたい放題に非難の雨をあびせられていた。少し酷いすぎはしないだろうかと、一度止めようとしたことがある。が、皆口を揃えて「こういう奴だから」と言うばかりだった。
彼女と初めて会話したのは昼休み。何気なく本屋で買った小説を読んでいると、
面白いですか?それ、中崎望でしょう?
気怠げで高めの声がして顔をあげると、虚ろな目をした彼女がお盆にお茶を入れて立っていた。
ああ、ありがとう、なかなかだよ。中崎望…最近出た小説家らしいけど君も読んだことあるのかい?
ええ、まあ…
そう言いながらもじもじとお茶をデスクに置く。いつもの彼女らしくなかった。
奥中さーん!コピーまだ?
男子社員からのその言葉にビクッとしながら
はーいただいまあ!
と間抜けに返事をする。途端にさっきの気怠げな女性は、いじられるいつものヘラヘラとした奥村さんに変わっていた。
もし良かったら感想教えてくださいね。
一瞬だけ先程の彼女になった後、またすぐにヘラヘラしながら同僚のデスクの上にある紙束を持って消えて行ってしまった。

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