小説 回し屋 5

第5章
それで彼氏が…
今日も女性群の恋愛話が給湯室から漏れている。
でも良いじゃない。そんなに愛されているなんて羨ましいわ。
ヘラヘラとした甲高い声も聞こえてきた。奥村さんだ。
まあそうよね!あんた、彼氏いたこと無いもんね?ねえまたあの話しなさいよ!フラれて1ヶ月もしない内に良い子紹介してって言われた話!
また始まった。奥村さんへのリンチタイム。奥村さんの話したくないであろう話を無理矢理させてみんなで笑う。無理に笑いながら話し始める奥村さん。ヘラヘラとした態度を決して崩さない彼女を見て、ピエロのようだと思ってしまう。相手を楽しませる為なら、自分がどれほど傷ついてもおどけて見せる。相手の要望は自分がどれほど嫌でも叶える。
全く、奥村の話ほど滑稽なものは無いぜ。
ほんと、俺ならあんな女絶対彼女にしたくないね。あれで美人ならまだしもあの顔は…なあ?
男性群まで口を揃えて奥村さんを非難している。チラッと部長の方を見れば、良い気味だと言わんばかりにニンマリと笑っていた。彼女が一体何をしたというのだろう?笑いを誘おうとしている甲高い声は今にも「タスケテ」と言いそうな調子であった。
その日の夜、部長に誘われ会社の近くの居酒屋に行った。
お前、あれほど嫌そうにしていたのにやっぱり賛成だったなんて早く言えよ
水くせえなと言いながら美味しそうに焼酎を飲み干す。まだ一杯目というのに上機嫌だ。
何のことでしょう、私は何も…
隠すなって!社内じゃ噂になっているんだぜ?お前が奥村をデートに誘ったって!給湯室じゃあ奥村囲って聞きまくっているのにあいついつもみたいにペラペラ喋らないでずっと黙っているからつまらないんだよ!いつもそんくらい塩らしくすりゃ良いものを…
その後の部長節は耳に入って来なかった。あそこにいた人物と言えば…私はあの場面を脳内に再現した。思い出した。バラしたのは恐らく安藤だ。安藤とは奥村さんの同僚で、あまり目立つタイプでない。学生時代にスポーツをしていたらしく、不似合いな焼けた浅黒い肌に厚い眼鏡をしている。職場では男性群の中で少しでも目立とうとしゃしゃり出ることが多く、噂を誇張して広げることもしばしばある。(それ故、職場にて好かれているとは言い難い)同僚に対して小馬鹿にするような態度をとり、上司には気持ち悪いほどゴマをする。典型的な腰巾着とでも言おうか。奥村さんとは違う意味で"二重人格"な奴で、私はどうも好きになれなかった。
盲点だった。最初は奥村さんを誘うつもりなんてなかったから… 口止めでも誤魔化しでもしておくんだった。とりあえず誤解を解かねば、
部長実は…
ああ!もしかしてあれか?
1人悶々と考えている間に何杯呑んだのだろうか。部長は完全に出来上がっており、真っ赤な顔は茹でダコそのものであった。
クビだよクビ!いやー2人きりで話そうなんて、お前もやるねぇ。まあよろしく頼むぜ。あいつの悲しむ間抜け顔、どんなのか後で教えろよ!
その後、でも奥村相手にそんなにしてやる義理なんて無いんじゃないかと非難演説が始まってしまい、またしても私は弁解出来ないどころか、クビにする社員が奥村さんで決定となってしまった。こうなってしまった以上、もう私にはどうすることも出来ない。
次の日、申し訳なさでいっぱいの私は二日酔いでクラクラする頭を持ち上げ奥村さんを誘った。
ええ、ありがとうございます。明日ですね、楽しみにしていますわ。
そう言い微笑む奥村さんの顔は更に二日酔いを悪化された。

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