小説 回し屋 4

第4章
社長にクビにする社員を決めるように言われ1ヶ月が過ぎた。私と部長があんまりにも話し合うものだから社員にもこの件が広まってしまった。と言っても噂好きの彼らのことだからいずれバレていたのは確かだろう。話し合うと言っても、部長からはオクムラオクムラと言われ、弁解しようとすれば他の社員にも聞いてみろよの一点張り。他の社員に聞けば、奥村は変わった奴、地味な奴とそればかりだった。肝心の奥村さんはアンタ部長と課長から目付けられているわよとでも言われたのか、私や部長の方を見てはおどおどし、気を紛らわせたいのか昼休みには中崎望の「鳥籠会社」を読んではぼんやりとしていた。
鳥籠会社は私も読んだことがある。さえないサラリーマンが同僚から仕事を押しつけられては毎日のように終電近くまで残業をし、手柄は横取りされ、最終的に過労死する話。中崎望は主に人間の闇を書く小説家だ。その闇に共感し、現代社会の波に呑まれた寂しい人を中心に人気なのだ。他の有名作品は「タバコ海」「体内酒」など、やはり現代の生き辛さ・苦しみを赤裸々に書いたものばかりだ。まだ若い20なりたての娘の読む本じゃない。それに…こんな噂話に翻弄されるなんて可哀想だ。いたたまれなくなった私は彼女の側に行った。
面白いかい?若い子はもっと明るい本を読むのだと思ったよ。ファッション雑とかね。
私、ファッション雑なんて読んでも似合いませんもの。馬子にも衣装…馬子というよりガマガエル…皆そう言いますわきっと。
なんとも言えなかった。周りから言われたことが冗談なんて思ってもいないのだろう。奥村幸子は美人ではないが醜女でもない。地味なだけで、ほっそりとした体、真っ黒な髪の毛、どこか寂しそうな雰囲気…素材を上手く使えていないことは私でも分かった。
課長さん、私、何か忘れているお仕事でもありましたか?
言葉を失っていた私におずおずと奥村さんは聞いた。
ああ、いや、特には無いよ。ただ中崎望の小説の感想を教えてくれと言っていただろ?読み終わったからさ、今度一杯どうだい?
咄嗟に言葉が並べられた。思ってもいない言葉を並べる自分に驚く。これじゃあまるでデートじゃないか。今の若い子のことだからキャーセクハラ!なんて言って給湯室の話のタネにされかねない。しまったと思いながら奥村さんを見ると、怯えた表情を浮かべる白い顔の口角がわずかにキュッと上がった。
ええ、是非教えてください。あの本についてお話しできる人がいて嬉しいです。楽しみにしていますわ。
その顔をすりゃ誰もからかわないだろうに…やはりこの娘は損しているなと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?