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たのしく生きるのってたのしい。


2018年に血液がんと診断されて感染症にバッチリ弱い体になってしまった。どれくらい感染症に弱いかというと、納豆を食べないほうがいいぐらい弱くなった。治療をしながらベトナムに3回、香港、ロシア、ネパールを旅した。コロナ禍がなければここにモンゴルと北朝鮮と南極とベトナムをあと3回ぐらい加えたかった。ベトナムは何度旅してもいい素晴らしい国だ。

海外にいくとだいたい何かしらの感染症にかかっている。海外でお腹を下す程度のことあれば、肺炎や敗血症にもなった。香港では警官隊が撃った催涙ガス弾が目の前に落ちてきて咽と目をやられ、帰国後に抗がん剤治療が中止になったこともある。

余談だけど催涙ガスは最初だけちょっといい匂いがする。いい匂いだから吸い込むと目と喉に激痛が走る。たまらず水で目を洗おうとすると、不思議なことに水で痛みを感じるようになる。クール系目薬の爽快感を30倍にしたようだ。催涙ガスを考案した人は、人間の心理をよく読めている。催涙ガスが目の前に落ちてきたら逃げたほうがいい。

自分でいうのもアレだけどわりとアクティブな病人だと思う。バカは死んでも治らないって言葉はたぶん本当だ。昨日は白ワインを飲みながら生牡蠣を5個食べて、ウミガメの刺身も食べた。うまかった。

国内は健康な頃からいろんなところへ旅している。北海道から沖縄まで訪れたことがない都道府県はもうない。新幹線も飛行機もバスもフェリーも漁船もセスナもヘリコプターも乗ってきた。瀬戸内海で飛行艇に乗りたかったけど残念ながら去年運行が休止した。

コロナがようやくおさまってきて海外にまた旅できると思ったら、今度は円安と外国の物価高騰で旅のハードルが上がってしまった。ベトナムを何度旅してもいいように、日本国内だって何回旅してもいいものだ。ぼくはまだ日本のことを飽きるほど旅してない。

今年の目標は種子島でロケット打ち上げを見ること、宮崎の都井岬で野生の馬を見ることだ。それから西表島で琉球イノシシの刺身も食べたい。リスクを考えたらステイホームでしてベリーウエルダンのステーキを食べていればいいのだけど、リスクのさきにあるのは誰かに伝えたくなるようなたのしいし経験だ。旅先での経験をおもしろおかしく息子と妻に話すのが好きだ。

血液がんの病人としてはわりと好きなことをしているつもりだ。もしかしたら健康な人よりも好きなことができているかもしれない。タネ明かしすれば、妻がまったく反対も嫌味の一言もいわずに「いいんじゃない」と笑顔で送り出してくれて、帰ったときに息子が「おとーさん、おかえり」と笑顔で迎えてくれるからだ。

それからどう控えめに考えても、ぼくを治療してくれる医療者と製薬会社のおかげだ。薬がなければもうとっくに死んでる。治療がなければ2〜3回ぐらい死んでてもおかしくない。内心呆れているかもしれないけど、医療者からも海外に行くことを止められたことは一度もない。好きなことをしている病人を見てなんだかちょっとたのしそうでもある。

ぼくの病気は治らないのでステイホームしてようがベリーウエルダンの肉を食べようがどっちにしてもそのうち病気で死ぬ。だったら家族や医療者との関係性を良好にして、自分もたのしいことをして死んだ方がいいわけだ。死んでも治らないバカのメンタルの強みでもある。本気でリスクを排除しようとおもえば外出はおろか、そもそも息子と妻と同居はできない。リスクを排除した生活にぼくはあまり魅力を感じない。

いまは50ccの三輪バイクでゆっくり旅をすることを計画している。旅というのは移動速度を落とせば落とすほど見える世界が変わってくる。病気になってからすぐ、ベトナムで一人旅をした。歩行が安定せず杖をつきながらの旅だった。フォーを食べたりベトナムコーヒーを飲んだり、AK47を撃ったりしたけど、目的は息子と妻に手紙を書くことだった。手紙なんて八王子のカフェでも書けるんだけど、気分的にベトナムで書きたかったのだ。

ベトナムで書いた手紙はまだ息子と妻に渡していない。ぼくの遺品を整理しているとき、ひょっこり出てくるような場所にへそくりのごとく隠してある。手紙の内容はぼくももう覚えていないけど、きっと旅先での経験をおもしろおかしく書いて、ベトナムに行きたくなるようなことを書いているような気がする。

妻にあてて書いていた連載記事が書籍になった。デザインが良くて個人的にはADC賞を狙えるんじゃないかなって思ってる。出版記念で渋谷のパルコで写真展もしている。何なら先週からしている。だったらこのnoteも先週書けよって話なんだけど、書くのが本当に死ぬほど遅いのだ。

ベトナムで書いた手紙の現物も展示してある。ひさびさに手にした手紙はうっすらと航空券の控えが透けて見える。お札をたたんだ感触もある。多分ベトナムのお札が入っているのだろう。50ccの三輪バイクで旅したらまた手紙を書こうかな。手紙っていいですよ。

旅行先や出張先にある知らないカフェに入って、お気に入りのペンを使って手紙を書くのってたのしいです。季節の挨拶をぼくはよく知らないから、だいたいコーヒーの味やカフェから見える景色のことから書き始めます。

コンビニで切手を買ってそのまま投函もできます。写真を撮ってコンビニでプリントして同封することもできます。自分の字のヘタさが気になったりするんだけど、もらった相手はそれがうれしかったりするんですよね。

好きな人からもらった手紙って宝物じゃないですか。ぼくは家族からの手紙が宝物です。もしかしたら相手の宝物になるかもしれないものを送れるっていいですよね。あと、病人になっても好きなことして生きてりゃ、あんがい人生たのしいもんですよ。(強がりでも負け惜しみでもないぞ)


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