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根室のトーチカと渋谷のNHK


旅の写真がはじまるのはだいたい空港からだ。新幹線でもフェリーでもタクシーでも中央線に乗ってても写真を撮るけど、飛行機はとくに写真が撮りたくなる。緊張したときに心拍数が上がるように、テンションが上がると撮影枚数も上がる。

一昔前は機内での電子機器の使用が制限されていた。制限の緩和と機内モードが登場したことで、世界で爆発的に増えた写真のひとつが飛行機から見える景色の写真だ。爆発的に世界中の思い出になってるわけだ、素晴らしい。

女満別空港から野付半島を経由して根室に向かう。助手席にはハムスターのぬいぐるみとマイクがついたカメラがある。ハムスターはお父さんが旅先で一人寂しがらないように息子が持たせてくれた。マイクがついたカメラは同行しているテレビクルーのものだ。この日はテレビの密着取材をうけている。

いつもならブツブツと独り言をしゃべりながら運転をするんだけど、この日は会話しながらの運転だ。あんまりしゃべりすぎないように気をつけたいけど、取材対象者なんだからしゃべらんといかんよなぁ……塩梅がむずかしい。

写真家は裏方の仕事だ。撮るのは得意だけど撮られるのは苦手だ。ついでにしゃべることも、文章を書くことだって得意ではない。「写真家さんの文章ってうまいですね」みたいに評価してくれる人もたまにいるけど、写真展に行ってステートメントを読んでみてほしい。写真家が読んでもよくわからない文章はたくさんある。

11月の中旬だけどまだ雪が降っていない。気温は2〜3度ぐらい、風が強いからただただ寒い。いっそのこと雪が降ってくれた方が寒くない気がする。湿度の関係なのかわからんけど、雪が降ってた方がむしろあたたかく感じる現象はなんなんだ。

野付半島で鹿をボーッとながめた。鹿は寒くないのか。一人だったらさっさと車に戻る寒さなんだけどテレビ取材がある。撮れ高も必要なので写真家っぽく文化的に写真を撮った。

“写真家は破天荒”みたいな時代があった。写真やるなら破天荒じゃなきゃ!!と勘違いした人が学校や現場に入ってきては消えていき、破天荒で生き残った人は破天荒に若手を潰していく。破天荒は誤解だ、破天荒で仕事が成り立つわけない。あれは一体なんだったんだろう。写真部って文化部だぜ。

ようやく目的地の根室についた。白い恋人みたいな平べったい島が見える。ここにあるトーチカを見たくて根室までやってきた。トーチカは敵に向けて機関銃を撃つ要塞みたいなものだ。

若いころは海にポツンとある遺構をまわって撮影して『海上遺跡』という作品でまとめた。当時はお金がなかったけど、高速道路が土日1000円だったので助けられた。いまでもポツンと残る廃墟や戦跡にたまらなく魅力を感じる。遺構と自分を重ねてしまうのかもしれない。そのうち陸上にある遺構をまわって撮影しようかな。

夕日を眺めたあと釧路空港に向かう。旅の終わりの写真もだいたい空港だ。ポテトチップスが好きな息子にお土産を買った。妻にはイカ飯を買った。保安検査場で靴下の色がちがうことに気づいたけど、他人の靴下を気にする人はいない。良いか悪いかは別として他人の目を気にしている人って、自分の目を気にしているんだよね。

NHKで『ワルイコあつまれ』の収録をした。密着取材はこのためだった。人生で知った答えを問題にして出題するという新コーナーに出演した。「人生で大切なことはある歌が教えてくれている、その歌はなんでしょう?」という問題をだした。

スタジオでは誰も正解しなかったけど、番組を見た人は正解している人がたくさんいるようで安心した。答えは『アンパンマンのマーチ』だ。

“なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ
わからないままおわる そんなのはいやだ”

息子と一緒にアンパンマンを見ていて、この曲は親に向けたメッセージだと感じた。ぼくも子どもの頃に聞いていたけど「愛と勇気だけが友達なのかよ」と斜に構えていた。

芸術に解説が必要なように、聖書を神父さんが説いてくれるように、教科書を先生が教えてくれるように『アンパンマンのマーチ』の意味も大人が教えてあげたほうがいい。自分のしあわせがわからないまま死ぬのは、ぼくもおすすめしない。

息子と一緒にお風呂に入ったときにApple Musicで『アンパンマンのマーチ』再生していた効果があったのどうかわからないけど、息子はクリスマスにもらった太鼓の達人で『アンパンマンのマーチ』をはじめてやってほぼパーフェクトで叩いた。

草彅さんと稲垣さんは写真を撮るのが好きなんだな。写真が好きな人って、写真を撮ってるこちらを見る目でわかる。書籍も紹介してくださって本当にありがたい。Amazonで一時的に品切れになってますけど、版元には在庫があるのですぐに戻ります。このままご注文できます。





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