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鹿児島の思い出。

むなしいなぁ…とおもうときがある。“かならず病気が治りますよ、頑張ってください。”というなんの根拠もない励ましをされたときだ。病気になると健康な友人は減るけど、病人の友人は増える。

ぼくにはある友人がいる。4年前に乳がんを罹患して、手術と抗がん剤で完全に治ったと信じていた。ところが去年になって再発、肺への転移もあった。

4年前に乳がんを宣告されたときは、頭が真っ白になったそうだ。頭が真っ白になるという表現は、おおくの患者さんが口にすることだ。“ガンという病気がよくわからないから、みんな頭が真っ白になる。”と彼女はいっていた。

どんな治療をするのか?仕事をどうするのか?人生がどうなるのか?なにもわからないから、頭が真っ白になるそうだ。

彼女は再発を知らされたとき、頭が真っ黒になったそうだ。これからどうなるか、知っているからこそ絶望で真っ黒になるらしい。再発を経験した方が、最初のガンよりもはるかにショックが大きいというのは、もしかしたら知っているからなのかもしれない。

絶望を感じた彼女は、死のうと自殺を考えたそうだ。飛び降りがいいのか、薬の過剰摂取がいいのか、手首を切るのがいいのか、自殺の手段をあれこれとネットで調べているうちに、ぼくのことをたまたま知ったそうだ。

ぼくのいろいろな記事を読んで、ギリギリまで好きなことをして生きてみようと考えを変えたそうだ。死ぬことはいつでもできる、わざわざ自分で死ななくても病気で死ぬ。そう考えるようになった。

ひとり暮らしていた東京の賃貸物件を引き払い、実家のある鹿児島に戻って、やりたいことや好きなことだけをして生きることを決めた。

やりたことの一つがぼくと会って話がしたいということだった。メッセージをすこしやりとりして、たまたま彼女の住む街の近くまで撮影で行くことがあり、撮影の翌日に彼女とあった。レンタカーをかりて桜島を案内してもらった。

お互い年齢が近かったためか、ガンになってから感じることや、人間関係の煩わしさなど、共感することや共通点がたくさんあった。

ガン患者さんは何かに怒っていたり、不満を抱えている人がおおい。怒りの種類は様々だ、病気や運命にたいする怒りだったり、インチキ医療を勧めてくる人だったり、哀れみの目で見られること、社会の無理解や誤解、医師や看護師や家族からのなにげない言動で怒っている人もいる。

かならず病気が治りますという、健康な人からの根拠もない励ましに彼女は怒り、うんざりしている様子だった。

励ましで頑張ることができる人もなかにはいるだろう。頑張ることで病気が治る人や助かる人にはいい言葉なのかもしれない。でも、根拠のない励ましやで苦しんだり、怒っている人は少なくない。

“また会いましょう、近くにきたらまた会いにきます。”と彼女に伝えると、“お互い生きてたらね。”と彼女は笑いながら返事をしてくれた。

不謹慎と怒られそうな会話に2人とも笑いながら握手をして別れた。こういう会話を健康な人から不謹慎と咎められることも、病人からすると煩わしいのだ。

先月、彼女が亡くなった。

彼女の死をぼくに知らせてくれたのは、彼女のことを看取った緩和ケアの看護師さんだった。その看護師さんも、たまたまぼくのことを知っていてくれて、彼女と2人でぼくの話をしたり、毎週なにかしら更新される記事をスマホでみながら一緒に笑っていたらしい。

職場の医療者たちで共有していた「訪問看護と介護」でこの連載をしていることに気づいて、彼女も看護師さんたちと一緒に共有していたそうだ。共有場所を彼女の病室に変更することをみんなで決めて、ぼくが撮影した表紙の写真を飾るように、彼女の病室においていたらしい。

看護師さんから、丁寧なお礼を伝えられた。

これを書いているいまも、どうしょうもなく悲しくて泣いてしまっている。
病人の友人が増えるというのは、人が死ぬということは、人が生きるということはこういうことなのだ。

ぼくが彼女になにかしらの影響をあたえたのだとすれば、彼女もぼくにおおきな影響をあたえてくれた。人は自分の知らないところでどんな影響をあたえているかわからない。

ここ一年で彼女をふくめて、4人の友人が亡くなった。全員まだ30代の若い世代だ。全員が根拠もない励ましに怒っていた。根拠のない励ましほど、むなしいものはない。

「訪問介護と看護」という医療従事者向けの専門誌で今年から巻頭のコラムと表紙の写真を担当させていただいている。このnoteは7月号に掲載したコラムを編集者の了承をもらってつかわせてもらった。

病気になってから人間関係が一変した。一変したというか、一変させた。健康なときに付き合っていた人たちとは会わないほうがいい、残念だけどそう判断せざるをえない状況にぼくはなった。

だからいま付き合いのある人たちは一年ちょっとぐらいの比較的みじかい付き合いの人ばかりだ。一度しか会えなかった人もおおいし、明日もたくさんのはじめましてがある。

人間関係というのは必ずしも付き合った期間や会った回数ではないんだよなぁ、と彼女のことを思い出すたびに考える。


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写真家、元狩猟家、血液がん患者。 お仕事のご相談はこちらに hatanohiroshi0301@gmail.com

コメント1件

医療関係の仕事をしています。
まだまだ若い人も、年老いた人も、生きている限り最期のがあって。
生きるって、最期のがあるって現場にいればわかるんですが、大半の人には伝わらなくて。
幡野さんのように私も誰かの心に生き続けたいです。
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