ひとり交換日記#K

今回は番外、 #ネット編

拝啓 私へ
お元気ですか?
あなたがなぜ関西弁を話さないか知っていますか。
それはあなたが生きてきた証だと思います。ここではない、ネットの世界で。

私は大阪出身大阪育ちなんだけれど、あんまり関西弁をしゃべらない。
両親も関西人なのに、私だけ標準語だ。浮いてる。
それはネット上の友達に出身を明かさないためだった。
小学生のころからキーボードを叩いて電子の世界に身を投げていた私にとって、ネットは第二の居場所だった。

初めて手をつけたオンラインゲームはアメーバピグだった。世代の人は知っているだろう。
ピグライフ、アイランド、ワールド、ブレイブ。全部やっていた。
おそらくネットの友達もいたはずだけど、私が覚えているのはリアルの友達と一緒に遊んでいたことだけだ。
当時小学生あたりで流行したせいで運営が13歳未満利用禁止を打ち出してからはバレてBanされてはアカウントを作り直していた。
ブログも書いたりしていた。私のブログによく出入りしてくれていたユコさんという女の人は元気だろうか。
アメーバピグはやがてサービス終了した。私が中学か、高校ぐらいの時だったのではないかと思う。

ところで、2010年以降デュラララチャットという当時大流行していたアニメを模したチャットサイトが流行っていたのをご存知だろうか。
そこは匿名でアカウント作成不要、だれでも使えるチャットサイトだった。
小学5年ぐらいからそこによく出入りしていたのだけれど、そこで初めて恒常的に誰かと絡むようになった。
30のおじさんがホスト(管理人:部屋を作成する人のこと)の部屋で様々な人が出入りしていた。そこにいるみんなと私は仲良くなった。
といってもまだ小学生、大人の会話に混ざるのは難しい。
ガキは黙っていろと言わんばかりに「言葉には気をつけろ」とポストに何度か注意された。
単純に邪魔だったんだろうと思う。
そこで私は「子どもではダメ。大人にならなくては」と強く思った。
私は変に背伸びをし始めたのはこの頃からだと思う。
もう20歳になったのにまだ大人らしい何かを追い求めている、子どもっぽい自分は嫌いだ。
そこが解散したのはいつのことだか忘れたが、離れていた期間が1年ほどあった。
中学生になって久々に覗いたチャット、そこで今も仲良くしているお姉さんたちに出会う。
当時製菓高校に通っていた2コ上の高校生kちゃん、21?ぐらいだった北海道住みのr姉さん、30ぐらいの新潟住みr姉さん、とか。
この3人とは7?8年目だがまだ仲良くしている。
kちゃんは高校卒業後ケーキ屋に就職したがあまりのブラックに退職、それから彼氏を変え住居を変えながら(なぜか彼女は彼氏ができるとすぐ同棲する)職も変えつつ今はパフェ屋さんの店長をしている。
来週、私はそこに遊びにいく。8年越しに初めて彼女に会えるのだ。楽しみである。
8年も付き合いがあるとちょっとしたライフストーリーが見られる。
北海道のr姉さんは高卒で今は整骨院?整体?で働いているのだとか。彼女は数年前彼氏を事故で亡くしていたが、今は別の良い人と出会って結婚している。会ったことあるが美人だった。
新潟のr姉さんは派遣?で働いているみたい。遠距離の彼氏と別れ長らく彼氏はいなかったが、最近年下の男の子と交際している。お金をせびられているみたいなのでちょっと心配しているが…。
チャットサイトは随分前に閉鎖してしまい、これも時代かと少し悲しくなった。他のサイトを仲間たちたちと転々としながらなんとかチャットで交流していたがそれも最後にはなくなってしまい交流はTwitterだけになった。
私たちは毎日のツイートで気ままに交流したり、近況を覗きあっている。

REALITYというバーチャル配信アプリにハマったのは最近。
大学1年生のGW、時間を持て余した私は広告で見た配信アプリを入れた。
赤い髪にくすんだイエローの瞳のアバターを作ると、さっそく配信を始めた。
少しずつ友達が増えてきて、フォロワーも増え始めた。
その中でも実際に会った人だけに焦点をあてて語っていこうと思う。
まず最初に会ったのはガールズバーで働いている2個上のお姉さん。
ギャルっぽくて、私が生きていても一生関わらなさそうな人だった。
18のころから夜の世界で働く彼女は彼氏と別れた傷心でアプリを始めたらしい。
その彼氏というのもバーの仕事をしながら安月給でフラフラしており、DVぎみで彼女は放置、女にうつつを抜かすようなやつらしかった。
典型的なヤバい男だったので別れて正解ではと思ったが彼女はまだ好きみたいだった。
彼女は悲しいかな他者が近づこうとすると離れていく人だった。
弱さを吐き出して悲しそうな顔をするのに、誰の手も取らない。
結局誰も彼女の懐には入れなかった。
そうして彼女はまた自分から離れて行ってしまった。
私は彼女のドギツイ性格と全然相容れなくて実際会った時にすごく戸惑った。
アプリの中で仲良くできていたのが現実ではそうは行かなくなってしまったのだ。
私からも少し距離を空けてしまった。その間に彼女は消えてしまったけど。
消えてしまう間にも何度か名残惜しんで帰ってきたりしていた。
さよならを言い切れない人だったのかもしれない。
最終的に夜の仕事から足を洗うタイミングに合わせてすべてのアカウントをストップさせていた。それが私の知る彼女の最後だ。
もうひとり紹介しよう。2人目に会った鬱病のお姉さん。歳は15くらい離れている。
彼女はもう8年近く闘病していて、私と知り合ってから半年経った頃結婚した。
旦那さんとも仲良くさせてもらっていたので結婚祝いを送った。
人の結婚を祝ったのはこれが初めてのことだった。
私は彼女のことが大好きだった。
いや、今でも大好きだ。
よく笑うし人のことを考えられる優しい人だった、ひとまわり以上年下の私にも分け隔てなく接してくれていた。
でも物事をバッサリ言うこともあって、私はそんなところも好きだった。
彼女とは二度会って遊んだ。仕事をしていない彼女からするとお出かけは大きなイベントみたいで、毎日「早く会いたいなあ」と言いながら楽しみにしてくれていたらしい。そう旦那さんから聞いた。
彼女とは会ってディズニーランドに行ったり、いらない服を譲ってもらったり、手紙を送りあったりした。
でも彼女は体調が悪くなると連絡が途絶えたり、数ヶ月忽然と姿を消したりした。
それも仕方ないと割り切って待っていた。幸い旦那さんとは連絡が取れていたので彼女の様子はそこから聞けていたからだ。
それが今、どちらとも連絡が取れなくなっている。2人の生活に何か新しいものが生まれたのかもしれない。
ひょっとすると私のことを快く思っていないから連絡していないだけかもしれないが、このまま一生連絡がつかなくても私は心の中で彼女と友達でいた事実を大切にしたい。
彼女はそれぐらい素敵な人だったから。
他に会えたのは男ばかりなので省略しておく。
と思ったが、1人だけ書いておこう。
ADHDの男の子と会った。同じ大阪に住んでいる子で同い年だった。
彼は高校1年生を三度繰り返して辞め、次の春から専門学校に通うと言っていた。
勉強についていけないのではない。勉強の仕方が特殊なので学校では合わないのだとか。というかそもそも学校がつまらないので行けたが行かなかったと言っていた。ちなみに次の春、専門学校登校初日の電車の中で彼は嫌になったらしく引き返して学校を辞める手続きをしたという。もう私にはさっぱりだったが、彼曰く満員電車に毎日乗るのは無理だと初日に悟ったそうだ。
彼はそういう変わった人だった。一緒に遊んだ時はカラオケの途中でさっきまでノリノリに歌っていたのに急に眠いから寝るわと連なったソファーに横になって眠った。自由人だった。
彼はマルチタスクができない。一般的にバイトで任されるような仕事は彼にはできなかった。決まっては辞めを繰り返していると言っていた。
その代わりに抜群にコミュニケーション力があった。誰とでもすぐ仲良くなった。
人の顔色を伺うのが上手いのだ。だけど伺えるというだけで気持ちを汲むのは苦手だった。人が傷つきそうなことを平気で言ったりする。
彼はすぐ「僕、上手いやろ?」と言った。実際上手いので肯定するわけだが、彼はその言葉で巧みに自分の価値を誤信させていた。コミュニケーション力があると言ってもおそらく初めましてで話しやすいと言うだけで長期的な関係の構築は苦手だったはずだ。彼には人の気持ちがわからないのだから、しゃべれば喋るほどボロが出るのは当たり前なのだ。
おそらく何もしなくても彼は周りと長く仲良くはできないだろう。どころか底まで知られたら距離を置く人間もいると思う。日本人は空気を読んで波風立てないことを美とするから、彼はたぶん向いていない。
だからだと思うが、彼は定期的に人間関係を切り、新しい場所で人間関係を構築する。長くは持たないし、彼自身も特定の人間と長く仲良くするメリットを感じていなかったみたいだった。
私は分かっていた。一緒に遊んだ時「また遊ぼう」とは言い出さなかったことからも見え見えだった。もう私とかこのアプリの関係とは縁を切る時なのだと。
案の定、彼は自分からつるんでいたグループを解散させた。
私は「はいはい」と思いながらトークを消してブロックした。流れ作業だった。

まあそんな感じで色々な人に出会った。
中には都庁でオリパラの間働いていたすごい人もいたが、とにかく多岐にわたる友達ができた。
みんな良い人だった。
もう縁が切れた人もいるけれど、出会えて良かったと私は思っている。

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