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vol.3 「メロン栽培は貴族の嗜み~日本のネットメロンの始まりと品種の移行」

前から続くスイカ・メロンの近代史のメロン編。メロン編もあまりにも長くなったので、3回に分けて分割する

高級な果物といえば大体の人はメロンを想像するだろう。ピンと張った緑のアンテナ、キメの細かい網目……その姿は作り物かと思わせる程で、美しさは芸術品の領域である。
値段もお高く千疋屋さんや高野フルーツさんでは安くても1万円以上、高ければ2万を超える。まさに高級フルーツと呼ぶのにふさわしい。

高野フルーツのメロン。正直に言ってかなり高い。写真は同社HPより

静岡のマスクメロン。「クラウン」と「アローマ」の2つのブランドがあり、ブランドはクラウンの方が高い。

アンテナつきのあみあみネットのメロンはいつどの時代でも高級品であった。最近では1000円ほどで買えるが、メロンが普及したのが「プリンス」の登場した昭和40年頃、ネットメロンが普及したのが「アンデス」などが登場した平成初期ころから。それ以前は高級なメロンと在来のマクワウリくらいしか無かった。

明治43年 新宿農業試験場 種苗目録より。このときはメロンの記載は無い

ではいつからメロンが高級フルーツであったのだろうか?

時は遡るほど100年ほど前、明治の終わり頃の話である。この頃になると日本の園芸もある程度成熟して、施設園芸も盛んになってきていた。その頃、今では公園として解放されている新宿御苑(当時は農業試験場のような役割を担っていた)経由で園芸の盛んなイギリスから様々なマスクメロンが輸入された。
それ以前にも網目のあるメロンはあったが、ロッキフォードなど網目や果皮が荒く、実が長いカンタロープに近いグループのメロンであった。これらはアメリカから主にやってきた。

大正4年 東洋種苗園 種苗目録より。この頃からカンタロープ系の品種が出回る。

現在のマスクメロンと呼ばれる品種は英国種と呼ばれる種類の派生であり、その名の通りイギリスから来た品種である。
当時のイギリスは現在でも変わりはないが園芸大国であり、当時からガラス温室のような施設栽培が発達していた。このような背景には大英帝国時代に世界各地に植民地を持っていたのでキューガーデンのように世界各地から様々な植物が収集されていたこと。
施設栽培を可能にする高度な技術があったこと。第1回万国博覧会(ロンドン、1851年)の際に建てられた水晶宮(1936年焼失)も全長563m、幅124m、高さがかなりある楡(ニレ)の巨木がすっぽりと入るほどの高さがあった。これも縦約124cm、横25.4cmの板ガラスを約30 万枚分利用した巨大温室のようなもので当時のイギリスの技術力の高さを思い知らされる。

ロンドンのハイド・パークに建設された水晶宮。これが建設された当時、日本はまだ江戸時代であった。画像は「博覧会 近代技術の展示場」より引用


また知っている人いるかもしれないが、アフタヌーンティーに添えられる「キュウリのサンドイッチ」が権力の象徴であった時代があった。というのも色々な説があるが、イギリスは冷涼な気候ゆえキュウリが育てにくく、莫大な費用がかかる温室で栽培されるが為に高級品であったという説がある。
以上の理由から、英国から入ってくる品種は施設栽培を前提とする品種が多かった。
そのイギリス系品種が入ってきたのは明治の終わり頃である。イギリスのように欧州諸国では古くから上流階級の間で「オランジェリー」や「パイナリー」のような異国の果物を栽培する事が流行っていた。

フランスのオランジェリー美術館。チュイルリー宮殿内にあったオレンジ用温室を美術館に改良したもの。写真は同美術館HPより引用

大正時代になると日本もイギリスの文化を真似たのか、上流階級の嗜みとしてマスクメロン栽培が流行する。その中でも有名なのは早稲田大学の創立者でもある大隈重信氏である。大隈氏は自邸に温室を設け、マスクメロンなどを栽培して振る舞うほどであった。

大隈重信邸温室。ヤシや洋ラン類が置かれている。画像はみんなの趣味の園芸より引用


大隈重信邸で収穫されたメロンの試食会。大正10年。写真はジャパンアーカイブから引用

また、この頃から千疋屋でも現在の世田谷の上馬に自社農場を構えマスクメロンなどの西洋果樹を栽培した。新宿高野もこの頃からマスクメロンの取り扱いを始めた。
他にも「クラウンメロン」で有名な静岡の袋井、伝統野菜として指定がある愛知、今でこそ意外かもしれないが山梨県でもメロン栽培が始まり、昭和初期から物資の制限がかかる日中戦争が始まるくらいまでは盛んに栽培された。

山梨の戦前のメロンの写真。南アルプス市ふるさと○○博物館のブログより引用

何故、山梨県かと言うと初夏から秋にかけてはモモ、ブドウなどの果樹の収穫があるが冬には収入源が無くなり、冬の新たな収入源としてメロンが栽培されるようになったようである。また、交通網が発達していなかった当時は第消費地である東京に近いという利点もあった。
その当時はかなりメロン栽培が盛んだったようで、「桑畑の中の光る建物」「朝の西野(メロンの産地)はまるでダイヤモンドで飾った村だ」と呼ばれるほど温室が多かったようである。
詳細は下のブログに詳しい⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎

昭和初期には人々にもマスクメロンが認知され始め、お菓子などの味に利用されるほどにもなってきた。

サクマ式ドロップの戦前の缶。写真は同社HPより引用


しかし、戦争の足音が近づくにつれ贅沢品は規制が厳しくなり。果物産業自体が壊滅的な被害を受ける。これは後ほど後述する。
戦後になると国民の多くが中流層となり、生活にも余裕が出てきた。それと同時にメロンの栽培も復活した。この頃からメロンを大衆化しようとする動きがあり、昭和40年頃からネットのない「プリンス」の登場し、平成初期になるとネットメロンの「アンデス」などが普及し、現在ではアールス・フェイボリットを親に持つ育てやすいアールス系の品種が多く生まれた。

しかし、面白いことにイギリスではもう既にマスクメロンは栽培されなくなっており、マスクメロンを作っているのは日本とそれを真似た中国・韓国・タイくらいである。また何故、アンテナ部分(果柄部分)を残すのかと言うと見栄えの問題であることは間違いないが、これも当時のイラストを見るとイギリス由来であると考える。

サットン社のカタログ。小さいがアンテナのようなものがついてる。画像はThe Museum of English Rural Life
公式Twitterより引用。

戦前の品種

当時、主流だったのは以下の品種
【アールス・フェイボリット】
現在のアールス系の源流。日本の品種の多くはこの品種の血が流れていると推測される。大正14年に新宿御苑経由で導入。昭和10年代には流通するメロンの9割をこの品種が占めていた。病気に弱く、現在ではこの品種と低病原性を持つ品種の交雑種が流通。純系の選抜個体が僅かに流通

【サットン・スカーレット】
美しい黄色い果皮と朱色の果肉が美しい品種。明治末期導入。種苗目録を見ると戦前はかなり推奨されていた品種のようだが、戦後には栽培されず既に過去の品種になっていたよう。今でこそ人気の赤肉メロンであるが、赤肉の有名な品種の夕張メロン(正式名称:夕張キング)が昭和38年に始めて出荷された頃にはその見た目から「かぼちゃメロン」とバカにされ、安く買い叩かれる始末であった。
調べ方が悪いのか日本でも英国でも栽培がなく、種の保存すら見つからなかった。1番食べてみたいメロン品種。


【大井】
日本生まれの品種。昭和2年にサットン・スカーレットとサットン・ヒーローオブ・ロッキンジの交配種。大井の名は育成地より命名。甘みが強く、育てやすいので栽培が広がった品種。乱形果が出やすい。

【ハネジュー】
現在も安いカットメロンとして出回る品種。当時もアメリカから輸入があった。香りがなく、長期保存ができるのが特徴。

戦後のメロン品種

【プリンス】
現在でも流通するノーネット系メロンの代表種。1961年にサカタのタネより発売。欧州系ネットメロン「シャランテ」とマクワウリ系「ニューメロン」の掛け合わせで誕生。昭和40年~昭和60年は廉価なメロンとしてかなり出回る。かつては路地で栽培されたが、現在ではハウスでアンデスメロンなどより早く出回る走りのメロンとして栽培。
名前は「ミッチーブーム」で有名な皇太子ご成婚からではなく、味見をし「美味い!」と太鼓判を押した横浜青果市場の「プリンス会」より命名


【新訪露】
昭和20年代に島根県の農業試験場で角田資重氏によって開発された品種。見た目はクリーム色で、果肉は白色。香りはキンショーメロンやマクワウリのような甘い香り。繊維質はほぼなく、洋梨のように滑らか。糖度はアールス系ほどでは無いが、とても甘いマクワウリのような爽やかな甘さ。私がめちゃくちゃ好きなメロン品種。マジで美味いです。日持ちがしないので、市場流通はしない。美味いと有名になって欲しくないので内緒にしておきたい品種。



【夕張キング】
夕張メロンとして流通。赤肉系品種の走り。昭和30年代、炭鉱業に依存していた夕張はエネルギー革命により石炭産業が衰退し、代替となる産業としてメロン栽培が始まる。その際に「アールス・フェイボリット」とカンタロープ系メロン「スパイシー」の交配により誕生。当初は「かぼちゃメロン」と馬鹿にされるも、巧みな宣伝により高級メロンとしての地位を獲得。


【参考文献】  
石井勇義「原色果物圖譜」誠文堂新光社、1935
津武欣也「もう一度たべたい」毎日新聞社、2011
三輪正幸「からだにおいしいフルーツの便利帳」高橋書店、2012

文化財 Mナビ「11.原方 メロンのガラス温室」
http://103.route11.jp/?ms=2&mc=100&mi=759
博覧会 近代史の展示場「1851年第1回ロンドン万博」
https://www.ndl.go.jp/exposition/s1/1851.html
みんなの趣味の園芸「"園芸愛"の人、大隈重信(2)〜"園芸愛"が近代日本を動かした!?」
https://www.shuminoengei.jp/?m=pc&a=page_tn_detail&target_xml_topic_id=engei_000115
南アルプス市ふるさと○○博物館のブログ「木毛(もくも)ってなんだ?」
http://marumaruhaku.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-5a62.html
i-農力「本格的な野菜づくり vol.7メロンの全て」
https://www.i-nouryoku.com/agora/yasai/yasai_07.html
峡陽文庫さまブログ「甲斐の新印象 山梨県産メロン」
https://www.google.co.jp/amp/s/kaz794889.exblog.jp/amp/12832124/
NewsDigest「No. 36キュウリのサンドウィッチ Cucumber Sandwich」
http://www.news-digest.co.uk/news/gourmet/british-food-and-sweets/15728-cucumber-sandwich.html
JA夕張市ネットショップ「夕張メロン誕生物語」
https://www.ja-yubari-shop.jp/hpgen/HPB/entries/2.html

(閲覧日時は全て2021/09/06)


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