「遠隔医療」と「遠隔診療」
いま、表題のテーマで医学専門雑誌に寄稿することになっているが、字数制限があるせいで、せっかく書いたものを2/3くらいにしなくてはいけなくなったので、こちらに全文を記載しておこうと思う。
「遠隔医療」と「遠隔診療」とは、似たような言葉ですが大きな違いがあります。
「遠隔医療」とは、最も抽象的で広義の概念であり、「通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為(日本遠隔医療学会)」と定義されています。従って、遠隔医療は、スポーツ・産業保健などのヘルスケア、そして介護などの領域まで含む概念です。中でも、「D to D 遠隔医療」とは、Doctor to Doctor(医師から医師に)の形式で、地域の中核病院、特定機能病院や専門の診断センターの専門医にX線写真やMRI画像、マンモグラフィーの読影を依頼する医師間協業を指します。
一方、「遠隔診療」とは、遠隔医療のうちで、医師が遠隔地の患者に対して診察あるいは治療、すなわち診療を提供することです。中でも、「D to P 遠隔診療」とは、Doctor to Patient (医師から患者に)の形式で行われる遠隔の診療を指します。
なお、遠隔診療では、医師が患者への診療行為を行うため、医師法の規制を受けます。実際、遠隔診療は平成9年12月には当時の厚生省により、段階で「条件付き」で解禁されました。例えば「離島・へき地の患者」「特定の慢性疾患の患者」「原則初診対面」という条件を満たした場合、テレビ会議システム等を通じた遠隔診療を実施してもいい、と理解されていました。しかし、当時はインターネットを介したビデオ会議システムなどが普及していませんでした。
しかし、2007年に Apple 社から発売された iPhone を皮切りに、スマートフォンやタブレットといったインターネットを前提に、その計算処理&通信パワー(以下、クラウド)を手元で利用できるICTテクノロジーが普及しました。今では誰もが「いつでも・どこでも・誰とでもつながる」ことができるようになり、遠隔医療・遠隔診療の普及も加速しています。
例えば、X線写真やMRI画像などをネットワークで送って、遠隔の専門医が診断する「遠隔画像診断」、顕微鏡映像などを遠隔地の医師に送り、主に手術中などに遠隔で診断する「遠隔病理診断」などについては、すでに多くの病院でシステムが導入されています。2014年に発表された厚生労働省の医療施設調査によれば、遠隔画像診断システムを導入している病院は1,335ヶ所、一般診療所は1,798ヶ所にのぼりました。また、遠隔病理診断システムも226ヶ所の病院、808箇所の一般診療所で導入されているといいます。こうしたシステムが浸透することで、専門医のいない地域でも専門的な医療行為を受けられる可能性が出てきたのです。
さらに、一般社会や政策的にも、この領域の後押しが続いています。
2017年4月に開催された政府の未来投資会議において、安倍晋三首相は遠隔診療に対して「対面診療とオンラインでの遠隔診療を組み合わせた新しい医療を、次の報酬改定でしっかり評価する」と言及しました。さらに、2018年1月に中央社会保険医療協議会から平成30年度診療報酬改定に関わる議論の整理案として、以下が提示されました。
中央社会保険医療協議会総会(第383回)議事:2018年1月12日公開
Ⅱ-2医薬品、医療機器、検査等におけるイノベーションやICT等の将来の医療を担う新たな技術を含む先進的な医療技術の適切な評価と着実な導入
(9)情報通信機器を活用した診療(オンラインシステム等の通信技術を用いた診察や医学管理)について、有効性や安全性等への配慮や対面診療の原則といった一定の要件を満たすことを前提に、診療報酬上の評価を新設する。
(10)上記と併せて、患者等から電話等によって治療上の意見を求められて指示をした場合に算定が可能であるとの取扱いがより明確になるよう、電話等による再診料の要件を見直す。
以上の通り、遠隔医療 / 遠隔診療は国策の1つになったと言って良いでしょう。
筆者らが所属する東京慈恵会医科大学でも、ICTの医療現場での活用を進めるべく、2015年に先端医療情報技術研究講座(講座長:高尾洋之 准教授)を立ち上げ、多くのアプリケーションをベンチャー企業と共同研究開発してきました。
例えば、日本初の D to D 遠隔医療のスマホアプリ「Join(株式会社アルム提供)」は、医療従事者の情報共有を行うことが可能です。このアプリを使うことで、地域のかかりつけ医が、別の病院にいる専門医に治療の相談をしたり、患者の紹介をしたりといったことが可能になります。また、患者が救急搬送された場合、当直医がその病気・怪我の専門医ではなくても、Joinを使うことで院内外の専門医とコミュニケーションをとり、適切に処置できるようになります。これは特に、脳卒中など緊急性が高い医療現場で大きな意味を持ちます。どこにいても、相談した医師が素早く返答できるため、慈恵医大では脳卒中治療の実績に基づいてJoinの有用性を数値化したところ、診断時間は40分削減、直接的な医療費は8%削減、さらに入院日数は15%削減できるという結果になりました。なお、Joinは医療用アプリとして求められるセキュリティなどの条件をクリアし、医療機器プログラムとしての認証を各国で取得、さらに2016年4月には保険適用も認められています。保健適用により診療報酬がつくプログラムはこのJoinが初めてで、こうした取り組みが後押しとなって、導入する医師・病院が増え続けています。
引用:髙尾洋之:鉄腕アトムのような医師. 日経BP社, 東京都港区虎ノ門4-3-12, 頁75ー頁79, 2017
その他にも、遠隔診療の領域では、医師と患者がスマホやタブレット越しにビデオ通話ができる仕組みをクラウド上に用意し、すでに800箇所を超える診療所や病院診療科で採用が進む「CLINICS(株式会社メドレー提供)」などのD to P 遠隔診療サービスも登場しました。当然、生活習慣病などのフォローアップや禁煙外来など、ある程度安定した慢性期の患者、もしくは問診や視診で問題なく診察可能な疾患や症状に対しても役立ちます。
一方、本来「時間と空間を超えるICTテクノロジー」である特性から、夜間や僻地、被災地、あるいは通院が困難な高齢者など、医療の需給バランスが崩れやすいところでこそ本領を発揮します。
例えば、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県南相馬市では、震災前と比べ高齢化率が震災前の27.8%から52.1%へと大きく上昇している一方、医療機関数は1/3に減少しました。高齢者の多くが一人暮らしで、身体・交通の事情から通院が困難なため、在宅医療を必要とする患者も少なくありません。南相馬市立小高病院では、オンラインを訪問診療の代わりに取り入れることで、医師が病院にいながら在宅患者のケアに取り組もうとCLINICSを導入しています。実際、看護師など病院のスタッフがタブレット端末を持って行き患者宅を回り、血圧を測るなど診療の補助も行って、希少な医療リソースを活用しているとのことです。
未曾有の超高齢社会と医療技術の進歩で、高齢者の患者急増、脳卒中や心卒中などの急性期医療の逼迫、早期診断技術による若年層のガン患者急増、治療技術の進歩による働きながらの闘病者の増大、在宅医療や独居老人の見守りや看取り需要の増大など、人口構造の変化に伴い、本当に多くの新たな課題解決に医療が取り組まねばなりません。
この困難な状況に、医療者同士そして医療者と社会がよりよく繋がり、問題解決に向かえるように、スマートフォンやクラウドといった身近なICTテクノロジーを活用した遠隔医療 / 遠隔診療を積極的に取り入れていくことが必要でしょう。
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