曳船

オレは今
ドアの目の前
取っ手は私たちを招くようだと
アイツは言っていた
吐く息が白に色づくと
手が震えるかのように
あからさまな焦りと吐き気と
オレ自身への怒りで
ついつい前屈みになって
鍵を握りに差し込み回すと
影より出づるものか
罪の潜んだ虚しさに襲われる
音を立ててドアを閉めた
それから握った手を開くと
気づきもしなかった水滴が立ち現れた
アイツが何処にいるのか
わからない
連絡は取れない
取らせて貰えない
破局の病室は今でも
高い再現性を持っている
二度と会ってはいけないと
アイツを守るべき立場の人間が
そうオレに告げた
オマエは邪魔なんだ
と同義
要請の形をとった
命令
オレには
アイツを守る資格すらも
無かったという
去り際に見た
到底見ずにはいられなかった
アイツの眼は
静かな疲れを宿しながらも
まっすぐにオレのことを見ていた
決意したようなその視線は
突き刺さって
ただ痛くて
オレは逃げるように目を背けた
いや、
逃げたんだ

聞いてくれよ
オレだって
オマエのことを恨んじゃいないよ
ただ
オマエを傷つけた
オレ自身を恨んでる
オマエは今
何処にいるんだ?
元気にしてるか?
なんて
オレが言う権利はどこにもないよな
赦してくれとも
赦さないでくれとも
オレには言えない
死ぬまで言えないし
死んでも言えないだろう
切れそうな糸みたいなオマエは
夢を叶えたらしいな
風の噂だけどさ
そのことを確かめる勇気も
オレにはないんだ
そのことは
オマエが一番知ってるかもしれないけど