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風をよむ

2週間サボって、50歳日誌6週目。

去年引っ越してきたこの家は、1974年5月に建てられたものだという。まもなく47歳、ボクとほぼ同じ年齢だ。

「色気がある」
ヨメさんがこの物件を見つけて、「ねえ、このテラスハウスよくない?」と興奮しながらの内見予約。数日後、実際に内見した時に彼女が初めて口にした感想がそれだった。

平面図で見ると至って普通なんだが、図面では見えてこないところに遊び心があるような気がする。どこが……と、うまく言葉では表現できないのだけど、実際に中にに入ってみるとそう思ってしまう。窓から見える風景? シンプルなこと? 白で塗り重ねられた外壁も、グレーのペンキで刷毛塗りされた建具も、なぜかとてもこの敷地の空気に馴染んでセンスよく見える。

少なくとも言えるのは、よく設計されている家だ、ということだ。設計者自身が住みたい、と思える設計だよな、ということを感じた。

そんな、50年前の設計者の、未来への「仕掛け」を受けとってしまったボクたちは、二つ返事で契約することにした(賃貸ですけどね)。

引っ越して、すっかり我々夫婦の週末が様変わりした。

我が家には箱庭のような、ちょうどよいサイズの庭があるのだが、嫁さんは毎週、というか毎朝、庭の芝生の手入れをし、出かけたついでに必ず何かしらの花を買ってきては鉢植えを増やしている。しばらく忘れていた「ガーデニング熱」に、また火がついてしまったようだ。

ボクはといえば、古くなって使いにくいところを、「賃貸」的に可能な範囲で補修する。痛みはじめているフローリングを保護するために、リノリウムでできたフローリング風タイルを敷き詰めるとか。どうにも動きの悪いドアクローザーのダンパー調整をするとか(これがなかなか難しい)。

50年前の建物というのは、けっこう驚くことが多い。まずは全てが小さいこと。ドアもサッシも高さが1,800mmしかない。もう慣れてしまったけど、初めて見た時は「ちっちゃ!」と驚いた。表参道の同潤会アパートは一角だけ昔の部屋が残っているが、あそこに入った時の驚きと似ている。

台所のシンクは現代の普通サイズより5センチ低くて腰が痛くなるし、水がはねる。サッシはちょっとの風でもガタガタいうくらいアソビがある、というか精度が出ていない。この50年の建材の進化っていうのはすごいんだなあと改めて感心させられた。

そんな、古いゆえの不便さもあるものの、それは工夫すればいい。引っ越したこの家に、ボクたち夫婦はかなり満足している。

が、2つだけどうにもならないことがある。暑いことと、いつも風が強いことだ。とにかく昼間は暑い。冬場の2月でも、日が当たっている時間は南側の部屋では半袖でいたくなるほどだ。南向きの開口が大きいことと、軒がない作りだというのも少なからず影響しているのだろう。

またここは、丘の南斜面を削って敷地にしたところ。丘の一番高いところにあるわが家は、予想外にいつも風が吹き抜ける。

「この時期(2月)にこの暑さじゃあ、夏どうなっちゃうのかしら。わたしの花たちが全部枯れちゃう。」

嫁さんの悲痛な叫びに、日除け対策に乗り出すことにした。スダレがいいんじゃないかとか、単管パイプで屋根みたいのを作ればいいいんじゃないか、とかいろいろ意見を出し合ったが、庭の鉢植え植物をも保護するためには、巨大なタープを張るしかないのでは? という結論に至る。

ということで、タープを張ってみることにした。3m×4mの白いタープをAmazonで注文。庭のレンガ敷きのテラスをすっぽり覆うサイズだ。

問題はどうやって張る(吊る)か。

2階のテラスの、手すり金物2箇所への固定は簡単だった。6ミリのロープを買ってきて固定した。問題は低いほう。トーヨーエクステリアのメッシュ状のフェンスが南側を囲っているのだが、そこにロープで結びつけるのは「賃貸」的に気がひける。このサイズのタープを広げてみると分かるのだが、風でかなり煽られる。しかも、いつも風の吹き抜けているわが家だ。

タープは、ちょっとしたヨットの帆のサイズぐらいだろうから、少しの風でも相当な力がかかる。毎日風で煽られたら、いつかフェンスが折れるだろう。それぐらいの力である。

試しに、25mmパイの鉄パイプ(「イレクタ」という商品名のパイプ、ERECTAではない)を40センチほどフェンス横の地面に叩き込んで、そこにタープの隅から伸ばしたロープを結んでみた。いいかんじだ。

庭の植木たちも直射日光が避けらるし、部屋の中も涼しくなった。部屋の中から眺めると、適度な減光(障子と同じ効果)と、タープが風にゆらめくことが風の「可視化・見える化」となって心地いい。キャンプ場に来たようだ。

が……、昼飯食って2時間後、だめだ、もうパイプがタープ側に引っ張られて抜けそうになっている。やはり、コンクリートとかで支柱を固めないと無理なんだなあ。結局、低い方の固定にはフェンスを利用するしかなさそうだ。無理な力が加わらないように工夫するしかない。

ここの長屋群、ご近所さんたちは長く住んでる人たちばかり。ベランダで洗濯物を干しながらご近所さんの物干しを観察していると、その干し方や時間帯、取り込むタイミングから、かなり強風慣れしてるんだなあということがわかる。

タープを庭に張るわが家、なかなか目立つので、通りがかりにご近所さんたちがちらっと眺めていくことがある。

ご近所さんたちの家も、同じ形式の庭やルーフバルコニーがある家なので、そこをサンルームに改造したり庇を作り込んだり、店舗のような折りたたみ式庇を取り付けてる家もある。が、あまり活用されてる気配はない。

「(引っ越してきた)最初は、そういうことしたくなるんだよ、でも風で断念することになると思うよ」
そう思われてるんだろうなあと思う。

が、オレは負けない。
しぶとさには自信がある。

3週間ほど、タープを付けたり外したりしてみて至った結論は……、

「運用で解決する」(笑)

どこかのWeb屋の、冴えないプレゼンみたいだけど、つまりはこういうことだ。

カフェが朝の開店前にお店の支度をする時、外用の椅子とテーブルを出して、日除けを開きセットしているのを見かける。あれと同じように朝の儀式にすればいいじゃないか。朝タープを張り、風が吹いたり雨が降ったら取り外す。それが素早くできるようになればいい。

夕方洗濯物を取り込むことさえ出来ずに、夜中まで干してる自分が何を言うか、とも思うんだけど、そういうルーティンをちゃんとこなしてみる、というのもいいかもしれない、「丁寧な生活」っていうのも大事なんじゃないか。と思うようになった。

と、「運用」方針は決まったものの、「風」センサーというか、風の感知能力が自分に備わってないことに気づく。いつ風が吹くのか、いつ風が強くなるのか、いつ風がやむのか。50年も生きてきたのに、まるでわからないし、その時々の空や雲を見て予想することもできない。

朝、窓を開けると無風。鳥がさえずり、空も高い穏やかな朝。今日はタープ張りっぱなしで大丈夫だなと思う。が、その30分後。Zoom会議の合間にふと外を見ると、強風でタープがぐわんぐわん揺れている。そのたびにフェンスが引っ張られてゆらゆら動いている。あれ! さっきまで無風だったのに。いかんいかん! といって固定ロープを外す。そんなことが何回あったろうか。

風がいつ吹き始めるのか。50年も生きてきたのに全然わからない。というか観察したことがなかった。

人より天気予報は多く見るほうだと思うけど、最近は1時間ごとの風向きと風速も丹念に見ている。今の天気予報は確度が高い。予報と雲の流れと実際の風を突き合わせて、感覚に刷りこむ。これを繰り返していけば、もう少し天気の予感が当たるようになるなもしれない。

知ってるようでいて知らないこと、「見えてない」ことは、まだまだたくさんある。

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