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「自慢にはならないけど自信にはなる」5.28東京→名古屋ダブルヘッダーで関本&岡林と連戦。アストロノーツが語る反骨心と「金の取れるケンカ」

「これミスですか?」
 阿部史典は思わず大日本プロレスに連絡した。団体の興行日程を見ると、5月28日に2大会。11:30から後楽園ホール大会、18:00からは名古屋ダイヤモンドホール大会となっている。フリーの阿部だが大日本は主戦場の一つ。野村卓矢とのチーム「アストロノーツ」でタッグ王座を保持している。
 プロレス界では同じ団体の1日2大会は珍しくない。ただそれは同一会場での場合だ。選手の移動、撤収などはどうなるのか。結果として異例の「団体による会場ダブルブッキング」が発覚したが、それならと遠距離ダブルヘッダー開催が決定。このあたりもインディーらしいというか大日本らしくはある。北海道ツアーを筆頭に全国津々浦々を回る団体だから、選手もハードなスケジュールには慣れている。移動、設営、試合、売店そして撤収。全部やるのがインディーの選手でもある。
「それが合わないという人は、練習生の時点でやめちゃってるでしょうね」
 大会に向けてアストロノーツにインタビューすると、そう野村は言った。真っ先に2連戦への意気込みを語ったのも彼らだった。5.4横浜武道館大会でタッグ王座防衛を果たすと、次の挑戦者に関本大介&岡林裕二を指名。言うまでもなく、現在のマット界を代表するタッグチームだ。チャンピオンは日付も指定。それが5.28後楽園だった。

反骨心と「クソぶっかけてやる」


 あえてダブルヘッダーの日にタイトルマッチ。夜の大会もあるが、そこでも絶対に“軽い”ことはやらないとインタビュースペースで宣言した。「反骨心ですよ」、「クソぶっかけてやる」と野村の言葉にも火がついていた。
「あれで団体にも火をつけちゃいましたかね(笑)」と野村。大日本プロレスは昼のタッグ王座戦を正式決定(時間無制限)すると、夜の名古屋大会では2人のシングルマッチを組んだ。カードはというと、セミファイナルで野村vs関本、メインは阿部vs岡林。つまりアストロノーツと関本&岡林の変則2連戦。いやチャンピオンは野村と阿部なのだが、関本(岡林)と1日2回闘うのはかなり無茶ではないのか。どちらかの試合が6人タッグとか8人タッグならまだしも。
 大日本プロレスにはデスマッチヘビー級王者のアブドーラ・小林もストロングヘビー級王者の青木優也もいて、しかし「夜のメインは青木に任せて」ということにはならなかった。団体として「あえて」のマッチメイク。普段の試合を見ていても分かるが、アストロノーツは前座の6人タッグであってもシャカリキになって闘う。どうにか爪跡を残そうとする。「自分たちが絡んだ試合が“つまらなかった”と思われたらたまらない」と阿部。
 だからこそ、名古屋でのマッチメイクが体力的負担を考慮したものでもよかったはずなのだが、そうはならないのだった。

常に岡林にケンカを売ってきた阿部
激しい試合ぶりはそのままだが、細部での変化もある野村のプロレス

明日どうなってもいいという闘い


「これは大日本からの挑戦状だと思ってますね。“やってやるよ”と。でも、こういう舞台を作ってもらったとも言える。大日本にとっても挑戦でしょうし。それにこのマッチメイクでも、関本さん岡林さんは全然OKじゃないですか。カード聞いて“分かりました”っていうだけだったはず」(阿部)
「今回のカード、さすがに団体から“決まりました”じゃなくて確認の連絡がきましたね(笑)。そこで僕は“ちょっと阿部にも確認します”って返しちゃいました」(野村)
「ちょっと受け止めるのに時間かかりました。5分くらい考えて(笑)」(阿部)
 タッグチームとして、アストロノーツはまだ関本&岡林に勝てていない。だからこそ挑戦者に指名した。最近の対戦成績は3連続ドロー。初防衛戦で30分時間切れとなり、最侠タッグでの対戦は両者KO。4月の札幌大会での王座戦も両者KOだ。
 ここで超えなければ、という思いは野村も阿部も強い。夜のシングルも含め、ここでどちらが上か完全に決めようという1日になる。
「関本&岡林と我々が積み上げてきたもののクライマックスだと思ってます。あと何回もできる試合じゃない」
 アストロノーツvs関本&岡林といえば、とにかくひたすら真っ向勝負だ。殴って蹴って、関節技にも「腕がもげるんじゃないか」という迫力がある。どちらも意地むき出し、明日どうなってもいいというような闘いだ。きっと5月28日もそうなる。明日どうなってもいいというような闘いを昼も夜もやる。
「関本&岡林って体格凄いじゃないですか。比べてみると俺らなんてペラペラ(笑)。だけど一般人に近い人間がモンスターみたいなヤツに挑むのが面白いんでしょうね。僕らの試合は“スーパーマンプロレス”ではないんですよ」
 自分たちは超人ではない。体は大きくないし、どんな技を受けても平気なわけではない。なんなら張り手一発でももの凄く痛い。頭突きしたら自分の頭から血が出たりする。スーパーマンでもモンスターでもない、等身大の人間がどこまでできるか。何か『キン肉マン』のジェロニモのようだ。
「長くできるスタイルではないのかなと思いますね。関本&岡林と真っ向からやり合うのって、理にかなってないというか効率が悪いというか。でも自分で始めちゃったものだから仕方ない(笑)」(阿部)

「プロレスは老若男女が見るもの。分かる人に分かってもらえればいいということではない」


 自分たちのプロレスはどういうものか。阿部は「金の取れるケンカ」だと言う。野村も首肯する。大前提としてあるのは、闘いであると同時に「見せるもの」であることだ。
「しかもプロレスは老若男女が見るものなので。分かる人にだけ分かってもらえればいいということではないですよね。僕は基本的にマニアックなタイプなので、そうなっちゃいがちだったんですけど」(阿部)
 2人で格闘技ジムに赴きスパーリングをする。けれどことさらに「寝技ができるぜ」という見せ方はしない。プロレスらしく、同時に「プロレスだから」という甘えもないといえばいいだろうか。プロレスを初めて見る人でも、すれっからしのマニアでも気持ちを乗せられるのがアストロノーツのプロレスだ。
 ケンカごしのプロレスで好き放題暴れてきた。関本と岡林のように、それを受け止めてくれる先輩たちがいたからできたことだ。
「何をしても受け止めてくれる。だからなんでもできる。そういう相手ですね。そうしてもらったから、自分たちも後輩が何してきても受け止めなきゃいけない。内心しんどいですけど(笑)。ただ若い気持ちもあるので、自分たちとしては両方できるなと」(阿部)
 野村は岡林について「雑なところが迫力になってますよね。でも、雑なだけでは伝わらないのがプロレス。理屈がある雑さだとも思います」と言う。阿部の関本評は「凄く繊細な選手」。アストロノーツと闘う時は、特にレスリングで入念に渡り合っている印象がある。
 阿部はここしばらく、ずっと岡林に噛みついてきた。何か言葉で挑発するわけではないのだが、試合になるとどんな組み合わせでもターゲットは岡林。それこそケンカを売りまくってきた。岡林に言わせると阿部は「人をムカつかせる天才」。野村がストロングヘビー級王者の時にもチャンピオンそっちのけで阿部と岡林がヒートアップしたこともあった。そういう布石があっての、今回のシングルメインイベントでもあるだろう。

王座保持1年以上。しかし関本&岡林には勝てていないだけに今回は大きなチャレンジ

「どっかで2回くらい叫んじゃいそうな気がする」


 昼夜3試合、どれも年間ベストバウト候補になりうる。ダブルヘッダー対決というシチュエーションも熱につながるだろう。本人たちとしては、まず昼のタイトルマッチ。夜の作戦とか体力とか、そんなことを考えて勝てる相手でもない。
「時間を考えると、後楽園で試合が終わった選手から名古屋に移動する感じですかね? そうなるとメインの僕らが撤収やるのかな。まあ4人とも撤収すれば体力的にはイーブンか」(阿部)
 もの凄いことをやっていると思うのだが、やるほうとしてはことさらに凄いのだと言いたくない気分もあるそうだ。
「なんだかんだ、やったらできちゃうもんだと思いますし。なんか、自分がやってることが凄いんだみたいな雰囲気出してる人を見ると引いちゃうんですよね」(阿部)
「このくらい当たり前ですよみたいな顔して、だけどどっかで2回くらい叫んじゃいそうな気がする。名古屋の会場に入ったあたりで(笑)」(野村)
 以前、地方の島での興行でチケットがまったく売れていない時があったと野村。
「ミーティングで(グレート)小鹿会長が“今日はもうお客さん来ません!”って敗北宣言しちゃった時があって(笑)。結果、当日券でいっぱい来てくれたんですけど。そういう時も会長は“お客さんが1ケタでも、自分たちのプロレスを見せつけてやりましょう”って言ってましたね」
 野村と阿部は、そういう団体のチャンピオンだ。誰が見ていようが見ていなかろうが、凄い試合をやってやると思っている。「自分の試合はお客さんの“おつまみ”」だと阿部。試合を見終わって「あの試合凄かったな。メチャクチャだった。バカだろあの選手」と言いながら飲む酒が少しだけ美味しくなればいいと。野村は「ベルトも大事ですけど、キャリアを終えた時にいくつか“作品”が残せていたら」。
 軸は変わっていないが、少しずつ試合内容が変わってきてもいる。「2年前の試合の映像とか、今は見られない」と阿部。以前は「丸め込みなんて」と思っていたが、今では「丸め込みでも勝ちは勝ち。ピンフォールにゲーム性があるからプロレスは面白い」と言う。野村は逆さ抑え込みを使うようになった。“叩きのめすプロレス”だけではなくなって、しかし“うまさ”に浸る気配はないから根っこの魅力は変わらない。

「自慢にならないことで燃えるのがインディー」


 自分たちがやりたいプロレスができている。そんな実感もある。だからたくさんの人に見てほしいとも思う。横浜での「反骨心」、「クソぶっかけてやる」という言葉は、自分たちの現状に対しての言葉でもあった。
「だから見てほしいですね。でも“どうだ凄いだろ”とは言いたくない自分もいる。1日2試合やろうが、誰とやろうがお客さんには関係ない。2試合目だからチケット安くなるわけじゃないですからね。お客さんは“大変だよね”と言ってくれるけど、そこに甘えないようにしないと」(阿部)
「昼も夜もメチャクチャ沸かせて“やってやった”と思っても、たぶん表には出さないでしょうね。そこは何食わぬ顔で」(野村)
「昼も夜も勝って、五体満足で1日乗り切ったら、ちょっと満足しちゃうかなぁ。“プロレスに勝った”と思えるような気がする。そう思っちゃうのがいいことなのかどうかは分からないですけど」(阿部)
 自分たちのプロレスに自信はある。今回のダブルヘッダーにしても「お前らにこれができるのか」と思う。思うのだが次の瞬間「でもみんな、こういうことをやりたいとも思ってないのか」と心の中でツッコミが入る。自分はやりたいことをやっているだけなんだと。
 そこにはプロ意識もあるし美学もあるのだろうし、自分たちの実力に対する照れもあるのではないか。こちらとしては照れないで「自分たちのプロレス」をもっともっと言語化してアピールしてほしいのだが。しかしともかく、アストロノーツの闘いは見たら確実に届く。
「このダブルヘッダーみたいなことをしても自慢にはならないんですよ。でも自信にはなるかなと。自慢にならないことで燃えるのがインディーっぽいんでしょうけど」
 この阿部史典の言葉に響くものがある人は、後楽園か名古屋に足を運んでみてほしい。

取材は格闘技ジムS-KEEPにて

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