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本来あるべき形で決戦。雪妃真矢と鈴季すず、それぞれの“アイスリボン文体物語”

アイスリボンは、コロナ禍の中で最もアグレッシブに活動してきた団体の一つだ。毎週、道場マッチを無観客で行ない、それを配信。若手大会P'sPartyも再開させた。引退したテキーラ沙弥が“プロ一般人”として運営に回り、配信のMC(実況や時にはリングアナウンスも)を担当している。

無観客試合の中でIW19王座が復活。星ハム子が視聴者投票で勝ち上がるというドラマもあった。新人・石川奈青の無観客試合デビューも話題に。そう書くと何か“元気いっぱい”みたいな感じだが、アイスリボンはコロナと関係なく頑張ったのではない。コロナに翻弄されながらも頑張ったのだ。

最も翻弄されたのは、雪妃真矢と鈴季すずだったと思う。両者はもともと、雪妃が持つICE×∞のベルトをかけて5.4横浜文化体育館大会で闘う予定だった。前哨戦もそのためにあるはずだった。しかしこのビッグマッチは8月9日まで延期となる。状況的に仕方がないことだったが、対戦までの道のりが変わったのもまた確かだ。

すずが藤本つかさに勝ち、挑戦表明したのが3月の後楽園ホール大会。そこから5.4文体に向けて前哨戦で盛り上がっていくはずが、先が分からなくなった。対戦を8.9にそのままスライドすると、雪妃vsすずというテーマが長期間にわたって展開されることになる。ファンは飽きてしまうかもしれない。選手だって疲弊するんじゃないか。

結局、雪妃とすずは「自粛明けすぐにでも」ということで6.13横浜ラジアントホール大会でタイトルマッチを行ない、雪妃が防衛に成功している。こうするしかない日程変更だったが、やはり不運だった。特にすずは勢いを削がれたんじゃないか。藤本を下した流れでそのまま5.4文体に臨んでいたら、コロナ禍を経てラジアントホールでやるよりも勝つ可能性が高かったような気がする。

それでも彼女はベルトをあきらめず、7.25後楽園では挑戦者決定5WAYイリミネーションに出場。見事に勝ち残って8.9文体での挑戦を決めた。文体で雪妃vsすず。これが本来あるべきカードなのだが、かなりの紆余曲折を経てしまった。

「また鈴季すずかと思う人も少なくないでしょう」

試合後、すずは観客にそう語っている。誰のせいでもないのだが、彼女にそう言わせてしまう状況がせつない。いろんな感情が入り混じったんだろう、インタビュースペースでは泣き顔だった。

実際には、多くのファンが「やっぱり鈴季すずしかいない」と感じているはずだ。なのに6月にもやっているから、本人に「またかと思われてるんじゃないか」と考えさせてしまう。

アイスリボンで、雪妃に勝つ可能性のある選手は何人かいる。けれど勝った上で団体を前に進めるというか、未来を見せることができるのは、やはりすずなのだ。3度目の挑戦を決めたのは、ハム子を投げ切ったジャーマン。その説得力は抜群だった。

紆余曲折ありまくったことで、期待感は高まったと僕は思っている。“鈴季すずと横浜文体の物語”はさらに濃いものになった。すずは一昨年、文体でデビューするはずがケガで欠場、デビューが延期になっている。昨年は初参戦の文体で朝陽との若手ライバル対決が組まれていたが、今度は朝陽が欠場。そして今年は5.4文体でタイトルマッチのはずが大会自体が延期だ。どうにも文体に縁がない。それでも檜舞台のメインを“今度こそ”と引き寄せた。

「文体に嫌われてるのかと思ったけど、嫌われてるんだったらベルトを取って愛してもらおうと。雪妃真矢が強いことは誰よりも知ってます。2回負けてますから。でも弱点も知ってるので。プレッシャーとか、自分に(文体のメインが)務まるのかとか、そういう気持ちがないわけじゃないです。でも自分の力で挑戦権を勝ち取りました。雪妃真矢は余裕ぶっこいてるので、足元すくってやるぞという気持ちですね。5月にやっているより、今回のほうが勝つ確率は高いです。1億%くらい上がったと思います」

自信をつけて、でも不安もあって、それを押し殺しての王座挑戦だ。あらためて、大変なことやってるなと思う。ときどき忘れそうになるけれど、彼女はまだデビュー2年目の17歳なのだ。その若さ、そのキャリアで団体の未来を切り拓く勝利を期待されている。

すずは試合だけじゃなくインタビューでの受け答えもしっかりしていて、なおかつ練習熱心でもあり「まあ、あの子は大丈夫でしょう」、「心配ないな」と思わせるタイプだ。だけど表現を生業とする人間は「大丈夫か?」「ほっとけない」も魅力になったりする(“天然”も含めて)。

アイスリボンでは誰かと言ったら、それはもう朝陽だ。同世代に“心配させちゃう魅力”が凄まじく強い選手がいることで、すずの“心配いらない感”がまた高まってないだろうか。

だけど大変だぞこれ、とまた思う。「しっかりしている」「あの子ならやれる」と思われることは自信にもなるけどプレッシャーだってとてつもない。まして、繰り返すけど17歳のデビュー2年目だ。部活とかじゃなくプロの世界だ。自分で望んだこととはいえ、よく潰れないでいるなと感服する。「またすずか」って、デビュー2年目で3回シングル王座に挑戦するだけでも大したもんなんだけども。

実はこの「まだ17歳のデビュー2年目」に言及したのは、ほかならぬチャンピオンの雪妃だった。すずの頑張りが「報われてほしい」とも。こういう客観的な、マスコミっぽいとも言える視点が雪妃の強みだ。「文体に縁がないと思われていたすずが運命を変えた。怖いなという気もします」というコメントもあった。

客観的に見たらどういう流れになっているのかが的確に分かって、今回は「すずが報われてほしいタイトルマッチ」なのも感じていて、同時に「私を倒すことで報われないでほしい」という本音も漏らした。
 
雪妃は雪妃で、コロナ期間(まだ終わってないが)はかなり大変だったはずだ。本人も言うように、団体に反逆する側に回って活性化しようとしたら時勢が変わった。「明るくハッピーなアイスリボン」を体現して団体を引っ張るのがチャンピオンとしての役目だと思いつつ、そうもいかない。

そういう時にIW19トーナメントが始まった。決勝進出を果たした雪妃だが、ハム子の勢いが最後は上回った。いや“視聴者投票2連勝で上がってきたハム子の勢い”なんて、最初は誰も想像できなかったことだ。それを言ったら、IW19王座復活自体がまったくの予定外だった。

だから雪妃は雪妃で、5.4文体ですずと闘うまでのストーリーが崩れ、新たに始まった別のストーリーと闘わなくてはいけなかったわけだ。すずがチャレンジャーとして難しい立ち位置だったように、雪妃もチャンピオンとしてのあり方を揺るがされた。そこで「信念を貫いた」という思いがあるから、ベルトは譲れない。すずは初の文体メインだが、雪妃も文体メインの赤コーナーは初めてだ。そこで勝ち、大会を締めて花道から帰りたい。それは“挑戦”でもあるだろう。

選手本人が「またすずか、と思われているだろう」と感じてしまうような状況ではある。でも文体で雪妃とすずが闘うのは本来あるべき形だ。いろいろあったけれども、雪妃はベルトを守り続け、すずは挑戦者決定戦で勝って、文体メインのカードを本来あるべき形にもってきた。戻したと言ってもいい。その“戻す”ことに使ったエネルギーの分だけ、王者も挑戦者も強くなっている。

7.25後楽園のインタビュースペースで、すずが「長かった...」と涙を見せたのは、6月の負けからという意味ではないはずだ。3月の後楽園で挑戦を決めてから無観客試合、ラジアントホールでの敗戦、今回の挑戦者決定戦、すべて含めて「長かった」のだ。“文体をめぐるドラマ”はいよいよ濃いものになっている。僕はマスコミという立場なのでどっちを応援するというわけではないんだが、だから余計に「どっちかが負けちゃうのか」と思う。そりゃ当たり前なんだけど、どっちの負ける姿も見たくないというやつで。逆に言うと、どっちが勝っても“正解”というか。だからドキドキするわけだ。

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