教国の暗殺者『一部五話 夢のひととき3』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

 セレナは血だらけで倒れ伏すムラトを呆然と眺めた。
 長らく降り続いた雪もようやく止み、夜の森は静けさに包まれている。
 ムラトの周りには細かな金属片が散乱していた。粉々に砕かれた『支配者の指輪』の断片だ。
 奴隷じみた境遇の男に絶大な力を与え、各地でテロを引き起こしたこの遺物も、こうなってはただの金属の塊。その力を発揮することは二度とないだろう。

(今度もまた、失敗してしまった……)
 緊張の糸が切れた途端、ふとそんな考えがよぎる。
 今回の命令はムラトの暗殺と『支配者の指輪』の回収だ。だが実のところ、まだそのどちらも達成してはいなかった。
 しかも、指輪の回収に至っては完全に破壊してしまったのでもう取り返しがつかない。あたりに落ちている破片を持ち帰っても良い返事はもらえないだろう。
 セレナはまた失敗し、存在意義を満たすことができなかった。
 にもかかわらず、セレナの胸中は意外なほど満たされている。
 ムラトを倒すことができたからだろうか、それともキヨミを救う手立てが見えてきたからだろうか。
 いやきっと違う。それはきっと、セレナをずっと思ってくれていた友の存在を再確認できたからだ。

「もう離しませんの! セレナさん~っ!!」
 そうして思考を巡らせていると、唐突にシンシアが飛びついてくる。
 突然の出来事にセレナは驚き、人肌の暖かさに困惑していた。
「離して」
「イヤですの!」
「苦しい」
「それはちょっとごめんなさい!」
「窮屈」
「いいじゃないですの少しくらい!」
 シンシアは子供のような駄々をこね、何度も首を振ってまくし立てる。
「こうしていないとセレナさんはきっとどこかへ行ってしまいますの! だから、絶~っ対に離しませんわ!」
 その一言でセレナの抵抗する気力は薄れた。
「わたくしがどれだけ、セレナさんを探していたと思っていますのっ? あれからずっと、ビクターにも手伝ってもらいながら、ずっと探していたんですのよ? ウアタハじゃもう会えないと思ったから、こうして他の国にいく理由を作っては訪ねて回って……」
 シンシアの声は少し涙ぐんでいる。
 背中から抱きしめられたその顔は見えなかったが、どんな表情をしているのか察するのは、セレナにもそう難しいことではなかった。

(ああ、この子は……こんなにもわたしを求めてくれる。こんなわたしにも、価値があると思ってくれている)
 それが何よりもうれしかった。
 シンシアは、セレナがただそこにいるだけでこんなにも喜んでくれている。
 たったそれだけのことでセレナは満たされていく。
 シンシアと会うまでは命令を聞き、役目を果たすことでしか自分の価値を証明することができなかった。
 そんなセレナにとって、何もせずとも自分に価値を見出してくれるシンシアの存在は、何者にも代えがたい宝物だ。
 シンシアに抱きしめられているだけで身体が、心が温まり、欠けていた何かが埋まっていく。
 この冷たい雪が敷き詰められた森の中で感じる彼女の体温は、抗いようのないほどに心地よかった。

「もうどこにも行かないでセレナさん……また前みたいに一緒に暮らしましょう? あなたがイヤと言うならウアタハでなくとも構いません。どこか静かな、二人で暮らせる土地を探しましょう?」
「…………っ」
 震えるような声でシンシアは必死に訴える。
 それにすぐさま頷きたい一方で、セレナは言葉に詰まった。
 シンシアと一緒にいれば、きっと幸せに暮らすことができるだろう。
 存在意義を証明しなくてもシンシアは自分を認めてくれる。人も殺さず、誰からも恨まれることもない。穏やかな生活が待っているはずだ。
 しかし、本当にそれでいいのだろうか。
 目的を持って作られた人形が目的を放棄し、自由となった先で幸せになれるのだろうか。命令のない世界が真に自分にとっての幸福と言えるのだろうか。
 そんな疑問がかま首をもたげて問いかけてくる。
 シンシアの願いになかなか「うん」と言えず、セレナの心は揺れる。
 
「セレナさん大丈夫。わたくしは、どんなことがあってもあなたを見捨てたりしません」
「わたしは……」
 シンシアはなおもセレナを抱きしめて離さない。
 その温もりに絆されて、セレナの心は次第に傾く。
「また食べましょう、メロンパン。ううん、もっといろんなものを味わうんですの、一緒にね。きっと楽しいですの」
「わたしは…………っ!」
 それでもどこかで後ろ髪を引かれてしまう。
 口に出したらこれまでの全てを否定してしまいそうで、なかなか踏ん切りがつかなかった。
「あなたと——」

「ところがどっこい。セレナさんご苦労様です。今回のお仕事はうまくいったようですねぇ♪」
 ようやく答えを絞り出そうとしたその瞬間、視界が暗転した。
 再び視界が開けると、そこは見覚えのある暗い洞窟の中。
 人の気配に振り向くと、そこにはいやらしい笑みを浮かべる隻腕の男がいた。

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