教国の暗殺者『一部五話 夢のひととき1』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

「どうして……?」
 はらはらと舞い散る雪の中、セレナは目の前の光景が信じられずに立ち尽くす。
 現実感のなさに幻覚を疑う。しかし、彼女はたしかにそこにいた。
 夢でも幻でもない、セレナの友・シンシアはたしかにそこにいるのだ。

「誰だお前は!? コイツの仲間なのか!!」
「せっかくの再会を邪魔しないでほしいですの、少し静かにしていただけますか——ッ!」
 シンシアが柄の長いハンマー——戦鎚を振るうと、ムラトの姿が消える!
 強烈な一撃で弾き飛ばされたのだ。
 ムラトの身体はゴム毬の如く跳ね、弾けるように吹き飛ばされて森の中へと消えてしまった。
 シンシアはハンマーに衝撃を溜め、それを一気に放出することができる。きっとムラトの一撃を受けた際に衝撃を溜め、相手に返したのだろう。
 見るとキヨミを捕えていたムラトの部下も雪の中に転がっている。あの一瞬の間にシンシアが倒してしまったに違いない。
 
 ムラトを叩き飛ばしたシンシアは一息つき、汗をぬぐう。
「ふう、さすがウアタハでも国際指名手配中の凶悪犯。今ので倒せてはいませんでしょうね。でも良かったですの。とりあえずセレナさんを助けることができましたの」
「国際指名手配?」
「ええ、セレナさん。あの方は我が国・ウアタハでも破壊活動をする厄介者だったんですの。それを捕まえたとなれば、お父様もわたくしの実力を認めないわけにはいかないでしょう?」
「……あなた、まだ父親と仲直りしてないの?」
「あっ、あはは。ま、まあそんなことは良いんですのよ! それより——」
 シンシアはばつが悪そうに笑うと話題を変え、今度は目をらんらんと輝かせてセレナの手を握る。
「やっと会えましたのセレナさん! あれからずっと探していましたのよ! 喧嘩別れになってしまいましたからわたくし……ずっと謝りたくて」
(わたしは……会いたくなかった)
 決意が揺らいでしまうから。セレナは心の中で思う。
 会いたくて会いたくてたまらないと同時に、存在意義と対立するシンシアとは会いたくなかった。
 「会いたい」と「会いたくない」、果たしてどちらの気持ちの方が強いだろう。
 セレナの中では今、複雑な心情が入り混じっている。

「あなたは嫌じゃないの……同胞と戦うことが?」
 そして、会話を交わすよりも先に疑問が口をつく。
 何より不可思議に思えたのは、シンシアがムラトを傷つけたことだ。
 シンシアもムラトも同じグランデ教を信仰する言わば仲間。仲間同士で傷つけあうことが良いことであるとは思えない。
 そう思っていたからこそ、セレナはこれまでグランデ信徒を攻撃することにためらいがあったのだ。
「えっ、でも普通に戦いますわよ? 友達がいじめられていたら、助けるのは当然ですの」
「それだけ……?」
 キョトンとした様子のセレナにシンシアはさらに続ける。
「というと、質問の意図とは違うかもしれませんね……そうですわねぇ、あのムラトという方は、色んな人に迷惑をかける悪い人ですの。わたくしはそういう人が許せません。ここに来た理由はそれがひとつ。さらにわたくしの大切な友達を傷つけていました。だから戦いますの。例え信仰が同じでも、悪い人は悪い人。それだけですわ」
 と言って、シンシアはもじもじしながらセレナに視線を送った。
「まあ、でも……相手は友達と思ってくれていないかも、しれませんけど……」
 その言葉に、セレナは思わず笑みがこぼれる。
「……ふふ。あなたはそういう人だった」
 そう、シンシアは良いことは良い、悪いことは悪いと思える人間だった。
 それはある種子供っぽい倫理観でもあったが、その曇りのないまっすぐな考え方がセレナは好きだった。
 この実にシンシアらしいセリフに、セレナは自然と笑顔があふれてしまう。

「ええっ、いまわたくし変なこと言いました!? ちょっと恥ずかしいのですけれ——」
「今の一撃は効いたぞ……女、名を聞いておこう」
 そうこうするうちにムラトが戻ってきた。
 胸部を覆っていた鎧は破壊され、胸元には直撃を示す青いアザが浮かび上がっている。あれでは骨が折れて呼吸も苦しいハズだ。
 しかし、それでもムラトは戦いを止めないだろう。
 マハトで生成された鎧はすぐに修繕され、ムラト自身をつき動かす。
 ムラトに戦う意志がある限り、いや例えなかったとしても、あの鎧は無理やりにでもムラトを動かすのだ。
 シンシアは表情を変え、ムラトに向き合う。
「……そうですわね。失礼しましたムラトさん、名乗るのが遅くなりましたわ」
 そして居ずまいを正し、快活な声を張り上げた。
「わたくしはウアタハ国四天王ゲイン・リナウドの娘、シンシア・リナウド! 以後お見知りおきを!」
 シンシアはハンマーを構え、臨戦態勢に入る。
 怪物のようなムラトに対し、気後れする様子は微塵もない。

「…………」
「セレナさん? お身体は大丈夫なんですの?」
「大丈夫。あなたのおかげでケガはなかった」
 それに合わせるように、セレナはおもむろに拳を掲げ身構える。
(わたしは、なんでこんなことに気付かなかったのだろう)
 これまでの鬱屈した悩みが噓のように晴れ、セレナの心は久々に澄み渡っていた。
 存在意義を証明するためには友の仲間を傷つけなければならない。友を気遣っていては存在意義が満たせない。
 二つの欲求が心身をがんじがらめにし、一時はもうダメかと思った。
 しかし、今まで苦しめられてきたこの難問も、ムラトには当てはまらない。
 彼はセレナの敵であり友の敵だ。もう何も迷うことはない。
 迷いの消えた心は凛として、身体には熱が染み渡る。
「ふふふ。なんだか憑き物が取れたような顔になりましたわ。それじゃあセレナさん、久しぶりに一緒に戦いましょうか♪」
 シンシアがご機嫌な様子で微笑むと、セレナはコクリとうなずく。
 並び立った二人の間には何人も寄せ付けない空気があり、まるで一つの存在であるかのようにそこにある。
 そうして完璧に息を合わせた二人は、合図も交わさず同時に飛びかかった。

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