教国の暗殺者『一部四話 あなたを支えるもの1』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

(わたしが本当に大事なもの……大切なものって、なに?)
 身を裂くような北風と雪から逃れるように、セレナは木の根元に腰かける。
 雪と風が体温を容赦なく奪っていく。しかし動く気力はない。セレナはもう生きる理由が、目的が見いだせなくなっていた。

 考えるのは自らの存在意義、そして自らをただ認めてくれた友のことだ。
 セレナは命令を遂行するために生まれ、命令を達成することを目的として生きてきた。
 命令を達成することで承認され、承認されることで存在意義を認められる。それが人形のあるべき姿だ。
 そのためにはどんな命令もこなしてきたし、その内容を忌避することもなかった。
 しかし友は——シンシアは違う。
 彼女はセレナが何をせずとも笑い、一緒にいるだけでその存在を認めてくれた。
 これまで利用価値を証明し続けることでしか存在意義を見いだせなかったセレナを、シンシアだけが「ただそこにいること」に意味を見出してくれたのだ。
 セレナにとって、これはとても大切でかけがえのないことだった。

 だが、それと同時にある問題が発生してしまう。
 命令と友——この両者が相反する関係であることだ。
 シンシアはグランデを信仰するウアタハ国の民。セレナの属するアポテミスとは敵対関係にある。
 ゆえに、命令を遂行することはつまり、グランデ教徒——シンシアの同胞を傷つけることになってしまう。
 そんなことをして友は、友のままでいてくれるだろうか。同胞の血に染まった手を、友は快く取ってくれるのだろうか。
 セレナが人を殺そうとした時、シンシアの面影がよぎってしまうのは、どうしても手が止まってしまうのは、きっとそれが理由だった。
 
 ムラトの言う『信念』がないという言葉も、この二つに起因している。
 セレナにとって、命令を遂行して存在意義を証明することも、シンシアの友でいることも、どちらも大切なことだ。どちらも斬り捨てたくない心のよりどころだ。
 しかし、命令に従ったままではいずれ、友は友でなくなる。一方で、友と一緒にいては命令を遂行するという存在意義を示すことができない。
 この相反する二つの承認欲求が同時にセレナを苦しめていた。

 重苦しい心情を映し出すかのように、空は暗く、雪は降り続く。
 答えの出ない問答を続けていると、吹きすさぶ嵐の中から声が聞こえてくる。
「あっ、セレナおねえちゃん! やっと見つけられた~!」
 キヨミだ。セレナを見つけたキヨミは嬉しそうに手を振り、子犬のような人懐っこさで駆け寄ってきた。
 今更こんな壊れた道具に、役目を果たせない木偶に何の用があるというのか。自暴自棄になっていたセレナは追い払うように吐き捨てた。
「わたしのことなんて気にしなくていい。さっさと逃げて。ムラトの仲間がきっとあなたを探してる」
「ええっ、でも……おねえちゃんが」
「さっきの姿になれば追手から逃げられる。さあ、早く」
 何度も言うと、キヨミは今にも泣きそうな顔で首を振る。
「……いやだよ」
「こんな壊れた人形は放っておいていい。だから、あなただけでも——」
「おねえちゃんは壊れてなんかない!」
 すると突然、キヨミは大声を出した。
「セレナおねえちゃんは壊れてなんかないよ。だって、おねえちゃんは凄い人だから。グズでノロマなあたしをずっと見守ってくれる優しい人だから。だから壊れてなんかない。きっと調子が悪かっただけ。だから……大丈夫だよ」
 その言葉は支離滅裂だった。キヨミ自身、自分が何を言っているのか理解していないようにも思える。だが一緒にいて欲しいと願っていることだけはなんとなく伝わってきた。

「だから——」
「キヨミっ!」
 言い切る前にふらついたキヨミを咄嗟にセレナが支える。
 酷い熱だ。明らかに変身の副作用に違いない。胸の中で苦しそうに息をするキヨミを、セレナはそっと抱き寄せる。
(そうか、少なくとも今だけは……この子はわたしを必要としてくれている)
 キヨミの言葉ではセレナの問題は解決しない。事情も知らないこの子の説得で気が晴れるほどセレナは単純ではないし、納得できるはずもない。
 けれどもう少しだけ、この子のために生きてみようという気持ちにはなれた。
 せめて自分を頼ってくれる、必要としてくれるこの小さな命のために、もう一度立ち上がろう。そういう気持ちがセレナの中にふつふつと湧いてきた。

 きっと村に戻ってもムラトの仲間がセレナたちを探している。
 森を抜けて別の集落に逃げようにも、この吹雪では凍死してしまう。それより先にキヨミの体力がもつかも定かではない。
 となると、なすべき道はひとつ——
(ムラトを倒して追手を追い払う。それしかキヨミを救う方法はない)
 そうすれば村で安全にキヨミを休ませることができる。
 壊れた人形の、最後の命の使い道だ。

 セレナはキヨミを背負い、再びムラトの元へ向かう。
 夜明けはまだ遠く、雪も降りやむ気配はない。しかしその足取りは軽く、雪を踏みしめる足跡は力強い。
 例えその行く先が暗く険しかろうと、その先に何が待ち受けていようとも、歩みを止めるつもりはなかった。
 セレナは妹分を守るために逃げるつもりはなかった。

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