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【#シロクマ文芸部】お姫様の好きなもの

秋が好き、とお姫様がいったのでさあ大変!国中がお姫様に秋を捧げようと、大騒動です。

この国はお姫様を中心に回っておりました。国王とお后様の間に生まれた一粒種ということもありましたが、輝くような美しさで周囲の人々を夢中にさせる魅力をお姫様は持っていました。お姫様を一目見た者は誰もが彼女の虜になり、願いを叶えてあげたくなってしまうのです。

赤ちゃんの頃は「あー」と指さしたものを我先にと、奪い合うかのようにお姫様に渡し、おしゃべりができるようになると「~が欲しい」の声で、周囲が一斉に動き出しました。

そういった狂奔を見ているうちに、お姫様は気軽に会話を楽しめなくなりました。喋ることに恐怖を感じてしまい、無口で暗い表情のお姫様になってしまったのです。

もう、なにを捧げても、心浮きたつ音楽を聞かせても、美しい言葉をかけてもお姫様を笑顔にできませんでした。

「どうして我が姫は笑わないのだ」

国中が悲しみにくれましたが、お姫様は理由を話せません。話せば、また願いを叶えようと人々が理性を失ってしまうからです。

お姫様が笑顔を見せなくなってからの国は凍ったようになりました。

春が来ました。動物が活発に動き始めた頃、リスが道を横切る姿が愛らしいからと、お姫様を外に連れ出しました。

可愛らしい姿を見た瞬間、お姫様の口元がほころびかけました。家来が素早く捕まえ、お姫様に差し出しました。握られたリスはグッタリとし息も絶え絶えです。お姫様は大粒の涙を流しながら、リスをそっと放し、家来を罰するなと言ってから、城に帰り寝込んでしまいました。

夏が来ました。村の子どもが湖で可愛らしく泳いでいました。とても愛らしい姿だったので村長が、これならお姫様を笑顔にできると城へ知らせました。湖に到着したお姫様は愛らしい子ども達を見て口元に笑みが生まれかけました。

ただ、その日は夏にしては寒い日でした。子ども達は寒いのを我慢して泳ぎました。唇を紫色にしてガチガチと歯を鳴らしながら泳ぐ子ども達を見て、自分が来たせいだと悲しみ、村人を決して罰してはならないとの注意を残してから、城に帰り寝込んでしまいました。

これ以降、お姫様はどんどん弱っていきました。青白い肌でもお姫様は美しいままでしたが、皆の望んでいるのはバラ色の頬にクリームのような肌の輝く笑顔を持つお姫様でした。

もう、お姫様の笑顔を取り戻せない、誰もがあきらめかけた頃、秋が訪れました。

「……秋が好き」
朦朧とした意識の中、お姫様が紅葉した庭を見つめつぶやきました。

「秋が好き」とお姫様がつぶやいた知らせはすぐに国中を駆け巡りました。国を挙げて秋探しが始まり、お城へありとあらゆる秋が運び込まれました。

畑や森から秋の味覚が集められ、城の庭に大鍋がしつらえられ良き香りが満ち溢れました。クツクツと煮える鍋のまわりで国民が踊りを踊り歌を歌います。今まで見なかったような工芸品も集まり、ちょっとした市場のようにもなっています。

活気づく庭を見せようとお姫様のベッドをバルコニーに運んだ時、お姫様の青白い頬に赤みが差しました。

歩くこともできなかったはずの足ですっくと立ち、手すりを掴んでお姫様は叫んだのです。

私が好きなのは国中が笑いにあふれることです!
みなが楽しむ姿が私の本当に好きなものです!
どの季節もみなが幸せならばそれでいいのです!

わぁーという歓声と共にお姫様は健康を取り戻しました。

それ以来、秋には「Princess Day」という祭が開かれます。
「お姫様が悲しむ」といえば、どんな諍いもすっと収まりました。

どこかの国の夢のような話ですが、日本のどこかでこのようなことが起きていたら……うれしいです。

さきほど、バラ色の頬にミルク色の肌の赤ん坊がレジに並ぶ私をじっと見つめていました。触りたいという衝動を抑えるのが大変でした。

小牧幸助部長、今週も部活動楽しかったです。

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