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【2000字のホラー】ドシャエモン

私の住むアパートは壁が薄く、
隣の声がもれるほどでした。

多少の声なら気になりませんが、
漏れ出るこどもの泣き声は我慢ができません。

あまりに尋常でなかったので、一度だけ声をかけました。

「ああ?」

しかし、私は品のない目つきの悪い男に威嚇され、口をモゴモゴさせるのがせいいっぱいで。

チラりとすき間から、生気のないこどもの顔が見えました。

「見るなよ!」

男は威嚇しながドアを閉めました。

通報も考えましたが、他の方が怒鳴り込まれているのを見て、つい見えないふりをしまったのです。

その日から生気のないこどもの顔が脳裏にチラリチラリと浮かびます。

ある日、ブラブラと近所の土手を歩いていると、あのこどもがひとり座っていました。

そのか細い存在に急に胸がしめつけられ、小さな背の横に吸い込まれるように座りました。

しかし、普段こどもと話をしたことがない私は黙って座っているだけです。
こどもも黙って座っていました。

「ドシャエ~モン♪ドシャエ~モン♪」

母親と散歩をしているこどもが回らない舌で
楽しそうに歌っています。

ほのぼのとした光景をぼんやりと見ていると

「ドシャエモン?」

と隣のこどもがつぶやきました。
アニメなど見たことがないのでしょう。

再び胸をしめつけられた私は、
「面白い名前だね」
とぎこちない笑いで答えました。

すると急に過去の話が思い浮かんで、口が勝手に動き出しました。

「水に落っこちて死んだ人は土左衛門っていうんだよ」
「ドシャエモン?」
「あはは。似てるよね」

こども相手になにを喋っているんだろう?そう思うのに私の口は止まりません。

「おばあちゃんから聞いた話なんだけどね、水に落ちて亡くなると土左衛門って呼んでたんだって。近くの川に死んだ人が出ると土左衛門だ!ってこども達が集まって棒でつっつくんだよ。変な遊びだよね」

「ドシャエモン?棒?」

こどもは生気のない顔の目だけを生き生きとさせ、上半身を寄せてきます。

気味が悪い。

急に嫌な気持ちになり立ち上がった私はアパートへと帰りました。背中に無邪気なドシャエモン♪と不気味なドシャエモンをBGMに。

9月も半ばの頃のことです。
ガヤガヤとした雰囲気に目が覚め、台所の窓を薄く開けました。知らない男性と大家さんがあのこどもの部屋の前で話をしています。

虐待?通報?
昨夜は泣き声などなかったけどなと思っているとインターホンが鳴りました。

見知らぬ男性は警察でした。
隣人が先ほど川でおぼれたため、色々と調べているのだそうです。形式的なことなんで少しだけ、と言われ幾つかの質問に答えました。

大家さんが、

「可哀想に、第一発見者があの子なの。必死に助けようとして……あんなに叩かれていても親は親なのねぇ」

と涙ぐみながら説明をしてくれました。

「お子さんはどちらに?」
「混乱しているみたいで好きなキャラクターの名前ばかりいうからアニメを見せられているわ」
「そうなんですか」

身寄りがなかったのでしょう。こどもは、施設へと引き取られました。ちょうど迎えがくるところを通りかかりましたたが、相変わらず生気のない顔をしていました。
「ドシャエモン……」
と私に向かって言ったように感じました。

ああ、アニメが気に入ったんだな。
さほど交流もない私は、そのまま日常へと戻っていきました。

出歩くことの少ない私は寒い季節を仕事に行く以外は、殆ど部屋にこもり過ごす生活でしたた。

あまりに長く部屋に居すぎたので、さすがの私も体がダルく、久しぶりに散歩をしたくなりました。天気もよく暖かく感じます。なにかに誘われるように自然と足が外に向かいました。

明るい空に心もウキウキします。

川の方へ行ってみよう。

良い天気に誘われて多くの人がいるのではと思ったのですが、人影はありません。

遠出している人が多いのだろう、と思っていると、
川岸にこどもの姿を見つけました。

温かくなると水難に遭う子は多いものです。

声をかけた方がいいな。

いつもならしない考えが浮かび、こどもに近づいていきました。

「ひとりでなにをしているの?」

振り向いたのは、あのこどもでした。

「あれ?久しぶりじゃない?」

ニコニコとしたまま声をかけると

「ドシャエモン」

ツウっと冷たい汗が背中を流れました。
こどもの声に気づかないふりをして、

「危ないからあっちに行こうか?施設の人はここにいるの知っているの?」

と腕をつかみました。
こんな小さな子がどうしてここに?
早く連絡をしないと。

「ドシャエモン!」

衝撃が走り、私の身体は一瞬にして冷たい水の中に。

「あぶっ!」

「ドシャエモン!ドシャエモン!」

どこから持ってきたのでしょう?
こどもは手に異様に長い棒を持っています。

口に水がどんどん入り込みます。
なんとかやめさせようとするのですが、
こどもは私をドスドスと突きます。

「ドシャエモン!ドシャエモン!」

目が輝いています。
アニメではなく土左衛門を気に入っていたのか、と遠のく意識の中で妙に納得をしていました。

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