コスモスの朝日に透くる輪郭のくきやかに死が可視的となる/本多稜『時剋』 2022年11月の歌なので、上の句は実景でもあろう。それが序詞として「くきやか」を導いてくる。「くきやか」となるのは「死」である。それが目に見えるのだと。この状況を詠むのにK音、S音の響きの溌剌よ。
温泉の浴衣のやうに手術着を着て出棟す腹を括りぬ/本多稜『時剋』 胃および脾臓の摘出手術を前にして「腹を括りぬ」である。どういうジョークなんだこれは? こう言われると読んでいるこちらの方がどう反応していいかわからなくなる。しかし、この豪胆が本多稜なのだ。