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「ビスマスの半減期って何?」

ある土曜日の昼時、友達と遅めのモーニングにでも行くかという話をしていた矢先、母から表題にある通りの何の脈絡もないLINEがきた。
面白いので記事にしてみた。


メッセージが来たのは、ほんとに前振りも何もなしだ。
普段からこうしたやりとりがあったわけでもない。
母がとりわけ科学に興味を持っているというわけでもない。

いろんなことに興味を持つこと自体は無条件で素晴らしいことだ。
下手にウィキペディアで情報を得ようとして、逆にわけわからなくなるくらいなら、質問者の様々な特性を考慮して何とかうまく説明しようと試みる存在(この場合の僕)に質問を投げることは、非常に理に適っている。
今後も世の中のあらゆる事象に関心を寄せ続けてほしいと思うし、質問はいつでも歓迎だ。

ただ、ちょっとだけ戯言を言わせてほしい。
この質問の問題点は、要点がよくわからないことだ(お母さんごめんなさい)。

文字通り「ビスマスの半減期」を知りたいのだろうか?
これなら僕に聞かず、wikipediaをのぞいてみると良い。たちどころに解決する。

ビスマスはともかくとして、「半減期」について知りたいのだろうか?
それなら「半減期ってなに?」でオールオーケー。

ビスマス自体を知りたい可能性さえある、かもしれない。
なんならビスマスの半減期自体はすでに調べた上で、「どうしてこれこれの値になっているのか?」と問うているのかもしれない。

その場合、きちんと責務を果たそうと考えるならば、僕は母に量子力学と量子論の講義をしなければいけないのか。
しかし、そのためには数学IIB,IIICをやった上で、微分方程式と線形代数とベクトル解析と解析力学と電磁気学と統計物理学を最低限基礎レベルは説明しないといけない。申し訳ないが、絶対に避けたいパターンだ。

ここではたと気がつく。この一連の思考プロセスは、未だDeep Learningが為し得ていない地平であると。
Deep Learningによる人工知能ならば、間違いなく「ビスマスの半減期」をその同位体全てについて列挙するだろう。
現時点において、人工知能は文脈の把握と単語の意味情報の特定においては人間以下だからだ。まさか他の可能性があるとは夢にも思わないだろう。

さて、ここでこの質問に付随している文脈を考慮する。
といっても明確な情報は、ビスマスというそれほど耳慣れない元素名が含まれていることと僕の母からの質問だということくらいしかない。

しかし、人間としての経験知と感覚知を有している僕ははたと気がつく。
ビスマスといえば、原発事故で放出された放射性元素として、3.11以降メディアに露出する機会が増えている元素の一つだ。
そして、母は普段からいろいろな本を読む。
おそらくビスマスの同位体、Bi207について本か何かで知り得て、そこに登場した「半減期」というワードについて質問しているのだ、と。
そうであるなら答えは決まっている。

では以下で実際のLINEでのやりとりを眺めつつ、質問内容の答え合わせといこうか。

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母上 「ビスマスの半減期って何?」

 「半減期っていうのは、その粒子が崩壊して元の個数の半分に減るまでに必要な時間のこと」
 「例えば1000個のビスマス粒子があって、1年後に500個に減ってたら半減期は1年ってことになる」
 「実際には天然に存在してるビスマス(Bi208)はものすごく安定だから崩壊することは滅多にない。崩壊するビスマスはビスマスの同位体のBi207とかいくつかある。Bi207の半減期は31年くらい。原子力関係で取りざたされる放射性ビスマスはだいたいこれのことで、半減期が31年だから頻繁に崩壊して放射線を出すわけ」
 「でもなんでビスマスの半減期が気になるん?」

 「とっても分かりやすい説明でした❗️アリガト✨半減期は福島の時聞いたことあったな💡ノンフィクション📖読んでて、著者のあとがきに出てきたので大輝の分野だ❗️と質問しました。わからないことは解決しなくちゃ!」

 「そっかー、なにか聞きたいことあったらまた聞いてね👍」

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通信記録は以上である。
ちなみに、僕の専門は宇宙物理学であることを付け加えておく。


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