【蔵書紹介】脳・心・人工知能:数理で脳を解き明かす / 甘利俊一(ブルーバックス).講談社,2016
8月末に数理脳科学分野のレジェンドと言っても良い,甘利俊一先生(帝京大学特任教授,東京大学名誉教授,理化学研究所栄誉研究員)の講演会を聴く機会がありました。それにちなんで購入した先生の著書がこの本です。今回もまた,講演後にサインをいただいてきました。
甘利先生は数理脳科学の研究者なのですが,この本は一般向けに書かれていることもあり数式はほとんどなく,ChatGPTなどの登場で一気に「本格的AI時代」になってしまった現在につながる,人工知能研究についての概論的かつ研究史的な内容がまとめられていました。ChatGPTが話題になる前の2016年に書かれた本ですので,最近の動向についての話題はないのですが,講演会の方では触れており,ChatGPTの性能の高さについては,甘利先生自身「驚いている」とのことでした。ただし,この本の中でも触れているのですが,「なんでこんなにうまく動くのか?よく分からない」という話もされていました。システムが巨大化することで何かが「創発される」というのが興味深かったですね。その一方…「よく分からない」という部分に怖さのようなものも感じます。
このChatGPTにつながる深層学習の技術については,実は1970年代頃から甘利先生を含む研究者が行った研究に基づくもので,その辺のブームと暗黒期が交互に出てくる過程が親しみやすい語り口で書かれています。
この本の途中,脳の仕組みや情報処理の仕組みなどについての記述の部分は,やはり難しく流し読みだけにしたのですが,どんどん研究が融合的になって来ている過程は理解できました。脳の仕組みを突き詰めていくと,地球や人類の歴史,進化の過程といった話にまで広がっていきます。そしてAIとの関係をまじめに考えていくと,人間の生き方といった哲学的な問題にもつながっていきます。まさに文理融合という感じです。その辺の話題は,今後私自身についても考えていかないといけないなと思いました。
講演会の最後の方で「人間は働くのも,遊ぶのも好き。それにあった文明を作っていくべき」とおっしゃられ,労働と遊びが一体になったような「アマチュア・サイエンス」「アマチュア・アーティスト」的な活動に注目されていると語っていました。ベーシックインカムの話題もされていたのですが,AIと共存しながら,安心して働きつつ遊べる社会になると良いなと私も思いました。
最後の質疑応答の中で,参加していた方から「色々調べれば調べるほど,やることが分からなくなる。どうすれば良いか」という質問がされました。それに対して甘利先生は,「ひょっとすると面白いかもということを,まずは勉強しすぎずにやっていたら」とアドバイスされていました。Web上に情報が溢れる現在,ちょっと調べるだけで大体のことがわかってしまい,その先に進めなくなるということはありがちです。またその研究は無意味といったネガティブな情報があったりします。こういったことは有用かつ雑多な情報に溢れた社会の弊害といえそうですが,「勉強しすぎずに自分でやってみる」というのは,まず一歩を踏み出すには重要なことなのではと思いました。
内容的に講演会と重なる部分も多かったので,講演のよい記念にもなる本でした。
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