最終回) 作文は呼吸・瞑想
「こやまさん…ちょっと来て 」
勤務時間終わり、フロアの主任に違う部屋…狭いエリアに呼ばれ、扉を閉められ、少し怒っているようでした。
入居者の記録ファイルを数人分、ひらいて私に差し出し
「これは何なの?正式な記録はあなたの日記帳やお遊びのノートでは無いよ!おかしいところを今すぐここで書き直しなさい!!」
おかしいところって…なにそれ?
別に全て自分の文章が正しいとは思いません。しかし私の価値観の上でのプライドを持って書き連ねている私にとって、書き直しほど悔しくて、辛いものは有りません。
周りから見て、ふて腐れているように見える私に主任は追い討ちを掛けてきました。
「もう違う日の他の人が書いた記録も同じページに書いてあるし、修正液も使っちゃダメだから、相応しくない所を二重線引いて余白に訂正しなさい、何なの?これは!」
面白おかしく書いた部分で特に私のお気に入り、しかし逆に主任は立腹していた表現
【◎◎さんの今後の様子、要観察】と記してしめる文章に関して【今後の展開に、乞うご期待!】
…確かに、医療面やご家族 との兼ね合いの話題などで真剣に記さなくてはならない部分は私も本当の馬鹿ではありません。そんな書き方はしません。
亡くなりそうな方の記録を〆るのに【乞うご期待】なんて表現をするわけはありません。単に、普段の日々のスタッフとのやり取りなど、ほのぼの系の話題だけに使っていた表現です。
公的な、監査等で提出する書類とはわかっていました。ついでに言わせてもらえば、監査であっても全ての書類を調査されるものでもありません。ランダムに提出して、きちんと記録がなされてるか?を調べられると、聞いたことがあります。
そのスレスレの場所での、ちょっとした遊び心からくるものでした。
上司から注意されれば組織の掟に逆らってまで表現の場として利用し続けるほど私も強者ではなかったので、何十人もの記録を書き直す羽目になってしまいました。
相変わらず先輩の西田さんの記録は評判も良く、しかし安定したものであるので私のようなイエローカードが出ることもなく続いていました。
西田さんが結婚退職をするまで、私は彼女をライバル視しながら正式な書類に利用者の皆様の記録を書き続けました。
書くことは呼吸や瞑想と同じようなものでした。仕事だからと言って誰に押し付けられるものでもなく、書いていない人に対してズルい!ちゃんと仕事しろ!という気持ちも無かったです。
自分がその場所に心地好くいるための手段でした。そして…今もそうです。
忙しく、時間の無い時ほど長文になって注意されてしまう…その理由は、呼吸が荒くなってしまう状態に似ているのと、瞑想状態で現実逃避しているのです。
【【完】】
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