【小説】ステルス・ミッション 15

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「なんでピーチが先生みたいなことすんの? 意味わかんない」

 全員連れ立ってでトイレから移動し、家庭科室に入るなり、美佐子がぐだめいだ
 今朝、登校前に近所のコンビニで修也君と落ち合い、携帯電話を受け取った。それを私が内ポケットに入れて、休み時間は常に録音モードにしておいた方がいいと提案したのは修也君だった。いつ京子たちに絡まれるか分からないからだ。そして、おそらく後ろに時間制限のない、放課後が一番狙われやすいはずだという予測までもが見事に的中した。本当に、先の先まで読んでいる。

「いじめの一番の問題点はさ」
「いじめじゃねーから」
「ゴールがないってとこなんだよね」
 鈴香の反論を完全に無視して、修也君は話を続けた。あくまでリーダーの京子だけを見つめている。
「いじめられる方も、だんだんと慣れてくるのよ。同じ行為だと。ああ、またこれかっていう顔をするんじゃないかな。いじめる側は、それがまたムカつく。だから、今までよりもハードな手段を取らなくちゃならない。最初は後ろから小突くだけ。足を引っかけて転ばせるだけ。でもそれじゃ物足りなくなってくる。教科書をズタズタに引き裂く。内履きの靴を勝手に捨てる。机に彫刻刀で『死ね』って彫る。給食に消しカス入れる。トイレで上から水をかける……そして、髪の毛をライターの火であぶる」

 修也君は立ったまま、大きなテーブルに両手を着く。
「毎回新しいネタを考えるのも辛いんじゃないかって、オレは思うわけ」
 修也君と京子の距離は、机を挟んで1メートルくらい。
 京子は眉をひそめたまま、ずっと修也君を睨んでいる。
「いじめってさ、ぶっちゃけ面白いよね。楽しいんだよ。誰かがマジで慌てふためいて、もがき苦しむ姿って。リアルなのと、努力してるのにいつまでも成し遂げられない姿が滑稽なのと、ダブルで楽しめる」
 声のトーンは全く変わらない。落ち着いている。
「んでもう少しだけ、いじめてる側の思考を追うとさ、実はそこに安心感も見い出してるとオレは思うんだ。ああ、あの子も私と同じように苦しんでるんだ。よかった、つまづいてるの、私だけじゃないんだって」
「で? 話、終わり?」
 美佐子が修也君に突っかかる。そして、京子の顔色を窺う。京子は美佐子を見ない。
 なので美佐子は、今の横やりが良かったのか悪かったのか、判断できない。

 修也君は、ゆっくりと椅子に座る。そして机に両肘をついた。
「このままだと終わりがないよ、筒井。最終的に宿野を殺したいわけ?」
「うるせえよ」
 鈴香が修也君に飛びかかろうとしたので、私は体がビクッと震えた。
 京子が、その鈴香を手で制した。よかった。ひとまず話を聴く気なのだ。
「宿野はさ、仲がいい筒井たちが羨ましかったんじゃないかな。だからこそ、夏休みにカナダにも短期留学して、そこでセックスを経験したとかって言って、自分が筒井グループに加入できるくらい、カーストが上がったんだって、アピールしてたんだと思う」
 京子は家庭科室でも、腕を組んだまま壁にもたれかかっている。安定のポーズだ。

「でも筒井たちは、そんな宿野が目障りだと感じるようになってた。与田によれば、夏休み明けから、かなりそういうマウント発言が目立ってきたみたいだもんね。今までおとなしかった宿野が、自分たちのカーストに上がって来そうな勢いを感じたから」
「カーストとか、関係ないから」京子が口を開いた。「そもそも存在しないし」
「そうだよ。だから、わざわざ蹴落とす必要もない」
 修也君は間髪入れず応える。そして目を細めて微笑んだ。
「はたから見てると、筒井と宿野って、似てるよ。多分、服とか、好きなドラマとか、色々趣味が合うと思う。でもきっかけがなくて、たまたま友達になり損ねた。お互いに気になる相手ではあったんだけど、なり損ね続けてきた結果、今こうなっちゃってる。個人的には、宿野を、一学期とかの早い時期に仲間にしてたら、きっと丸く収まってたと思うんだよね。リーダーシップのある筒井なら、それができたはず」
 京子は目を伏せて視線を外した。修也君は京子から目をそらさない。
「今からでも遅くはないんじゃないかな。ただいじめるのをやめて、あくまでグループの仲間として扱う。そしていつか、これまでのことを、謝る。オレはそれでいいと思う」
 修也君は、穏やかに言い終えた。

 校内放送がかかって、誰かが職員室に呼び出された。
 放送が終わるまで、誰も何も言わなかった。
「それって、脅し?」ようやく京子が応えた。「そうしないと、さっきの録音を先生に渡すってこと?」
 それを聞いた修也君が、携帯電話を内ポケットから取り出した。

「この録音は、消すよ」


*ぐだめぐ:文句をぶつくさ言う。愚痴る。

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