【小説】ステルス・ミッション 02

02

 私たちの中学校には、正門に向かって左手に市営の運動公園があり、右手には(なんと校舎の渡り廊下づたいに!)市営体育館が隣接している。そして、各運動部がその両方を、毎日の部活動において当たり前のように、我が物顔で使用していた。

 さすがに有料の市営球場をいち公立中学校の野球部がタダで使うことはできないし、陸上トラックも雪に埋もれた冬場は陸上部が使うことはできないが、それでも他所の中学校と比べるなら、私たちは本来、この恵まれた環境にもう少し感謝すべきなのだろう。付け加えるなら、市営球場と校舎の間にある、幼児用の遊具施設、通称「ロケット公園」が存在することも、深く感謝しなければならない。なぜなら私は今、修也君と、その狭いロケットの中で一緒にいられるからだ。正確には、修也君が上、私が下、という高低差はあるけれど。

「ねえ。なんで靴、脱いでるの?」
 顎をそらし、私は上に向かって質問を投げた。金属製のロケットの中は、人ひとり分のスペースしかないから、必然的にこういう格好になるのはわかる。けど修也君がロケット内部の梯子を片手で握り、もう一方の手で二足一組のスニーカーを器用に持っている姿は、控えめに言って、かなり変だった。
「だって、靴についた水滴が与田にかかったら悪いじゃん。オレがここに誘ったのに」
 それなら私が上になればいいだけの話、と言おうとして、自分がまだセーラー服姿だったことに気づいた。そうか、今日は体育の授業がなかったから、ジャージに着替えなかったのだ。ま、別にこんな暗いロケットの中ならパンツなんか見えないし、そもそも修也君になら――あ、やっぱダメだ、今日は糞ダサい無地のパンツだったわ。

「宿野の髪、見た?」
 修也君は視線を前に向け、梯子を上りかけの体勢で、片手に靴を持ったまま本題に入った。どうやらガチでこのまま「相談」するらしい。私は諦めて会話に乗った。
「焼かれてたね。焦げ臭かったもん」
「うん。扉を開けた時、鹿内がオイルライターをポケットにしまうのが見えた」
 二人の声だけがロケット内に反響する。鹿内鈴香は筒井グループのナンバー2だ。率先して京子様の命令に従う実行部隊というイメージ。
「宿野がいじめられてるの、知ってた?」
「ううん、知らなかった」
「オレも割と最近気づいたばっかなんだけど」修也君の靴から、雪解け水が滴っている。それが私の頭に落ちてこないように、注意深く靴の先端を壁の内壁に密着させていた。「今月に入ってからエスカレートしてきてるんだ。髪焼くって、さすがにヤバいっしょ」
「うん。かなり」私は同意した。間違いなく、犯罪レベルだ。
「だから、こっから与田に相談なんだけど、宿野いじめ対策を、手伝ってほしい」

 その「相談」が来ることは、実は予想ができていた。ただ私の方としては、ここからは慎重に、いくつかの疑問点をつぶしておかなきゃいけない。
「えーと、桃川ってあれなの、理沙のこと好きなの?」
 こういうのは直球でサクッと訊いちゃった方が、「さりげなく」感が出るはず。「私には関係ないけど」感が。今のは、うまく訊けたと思う。答えを聞くのが怖いけど。
「いやいや、そういうんじゃなくてさ。別に、誰がいじめられてても、そもそも男子女子関係なく、オレは止めたいんだよ。なんつーか、自分の周りでそういうシャレにならないことが起こってるのがヤだから」

「ふーん、偉いね」
 私は本気でそう思ったし、しかも修也君が本気だと信じる理由もあったのだけれど、あまりに感情を込めすぎると逆に引かれるだろうと思って、意識して軽めにそう答えた。でもちょっと軽すぎたかも。バカにしてる、と誤解されなかっただろうか。逆に。
 中は暗くて顔が見えない。表情が全く分からないのがどうにも残念だ。

「でも結構、こういうさ、正義の味方みたいなことって、ダサいじゃない? だから、なるべく誰にも知られずにやりたいのよ」

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