【小説】ステルス・ミッション 06

05

 20分後、私たちは再びロケットの中にいた。

 雪こそ降らないものの、今日もどんよりした日だった。体育があった日で、お互いにジャージだったけれど、修也君はまた梯子を使って上に昇ろうとした。私はそれを「いいよここで」とジャージの背中の掴んで引き留めた。
「私たち、つき合ってるんでしょ」
 まだ涙が混じった鼻声になっている。あざといかもしれないけど、ちょっと今は上じゃなくて、そばにいてほしかった。ずっと見上げてると首が痛いし。

「ごめん。ああ言うしか、切り抜ける方法が思いつかなかった」
 私は曖昧にうなづくことしかできない。まさか、この流れで本音ダダ漏れで、嬉しかったよ、とも言えない。これはこれで微妙なポジションだった。
「この件が解決したら、頃合い見計らってオレが振られたってことにするからさ」

 修也君の吐息が、肩にかかるくらいに近い。すぐにでもハグできる距離なのは嬉しいけど、このセリフってもう、私、振られてるよね? まだ告白してもないのに。何気に辛みが深いんですけど。
「でも京子たちは、彼氏がいようがいまいが、関係なくこれから私を叩いてくると思う。もちろんバレたのは私のせいだから、桃川は関係ないけど」
「いや、授業中に電話かけてくるくらいのこと、当然予想しておくべきだった。完全にオレのミスだ。ごめん。なんとか対策を考えるよ」

 今日は2人とも下なので、足元の光でかろうじて表情が分かる。
 修也君はこの狭い縦に細長い穴の中で、自分の息が私の顔にかからないように、できるだけ顔を背けて小声で話してくる。紳士なのだ。または気ぃ遣いーなのだ。あるいは、私に興味がないのだ。多分、その全部だと思うけど。

「私、やっぱり油断してたんだと思う」
 同じように私も、息をかけないように顔をそらして話す。
「ていうか、そもそも私、本気でこの作戦に打ち込めてなかった。京子たちがやったことって、もちろん100パー犯罪レベルのひどい暴力なんだけど、少なくとも彼女たちに目を付けられてしまうような態度を、理沙が取ってたことも確かだし」
「え、そうなの?」

 修也君が初耳っぽい反応をしたので、私はその点について簡単に話した。
 理沙は一学期までは、とても感じのいい、給食を食べ終わった後に口の周りを静かにハンカチで拭き取るような、おとなしくて真面目なタイプの生徒だった。それが夏休みにサマースクールとかで海外短期留学をして現地のイケメンカナダ人(ジャスティン・ビーバー似だそうだ)と大人の階段を登ってから急に周囲に対して優越感に浸るようになってしまった。いつか私もプールの授業で聞かされたことがある。更衣室で鏡を見ながら「あー、首筋のキスマーク、まだ残ってるー」とか。嘘つけ、帰国して2週間経っても残ってるなら、それはもう単なる引っかき傷だろ、とは思ったけど。しかも厄介なことに、事あるごとに「カナダでは」と言うようになった。カナダでは、気に入らなかったクリスマスプレゼントをお店に気軽に返品できる、なぜ日本ではそれをしにくい空気なのか。私も親からもらったダサいセットアップをキャンセルしたいのにー、とかしつこく言ってくるので、ふーん、だから理沙もひと夏の間だけでジャスティンに気軽に返品されたんだね、って言い返したかったけど結局やめといたこともある。

 要するに、いかにもありふれたマウンティング女子と化してしまったのだ。その変わり身の早さもしんどかった。
「京子たち以外にも、理沙のことが気に入らない子たちはたくさんいると思う。ていうか、よく見てみると前仲良かった子たちも、割と今みんな離れていってるよ」
「そうか。それで余計に狙われやすいんだよな。孤立してるから」
「私も」と言って、一瞬迷ったけど、伝えることにする。「私も、この前よく考えてみたんだけど、やっぱり理沙をどうしても救いたいと思えてないなって気づいた。むしろ桃川に誘われて、なんか面白そうっていうか、京子たちにどんな風にいじめられてたんだろうとかっていう下世話な好奇心の方が強かったと思う」

 顔の位置をキープしたまま、私は目だけを修也君に向けた。今の発言、引かれただろうか。表情は真面目な感じで少し下向きの視線。どう思ったかまでは、測れない。もう少し踏み込んでみよう。
「だから、桃川がそこまで理沙を助けたい理由が、恋愛感情じゃないとしたら、正直、よくわかんない」
 狭い円形の上空から、雀の鳴き声が小さく響いてトンネルの中に降り注いできた。

 しばらく反応を待つ。修也君は何も言わない。
「いじめビジネスの話はナシね。面白かったけど、あれじゃ説得力ない」
「んー、そか」
 修也君はこめかみの辺りを指先でポリポリかいた。やはり繰り返す気だったらしい。
 ちょっと、そんなに言いたくない? もうこうなったら、奥の手を出すしかない。

「桃川さあ」私はお腹に少し力を込めて、勇気を振り絞る。「前に、私のことも助けてるよね?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?