【小説】ステルス・ミッション 09

 誰もいないゴール下で修也君が放ったボールがネットにもボードにも引っかからず、思いっきりあさっての方向へ飛んでいった時、チームメイトに振り返って「ごめーん!」と両手を合わせて謝る、その彼の背中に、白い糸の刺繍で、英語で「bitch!」と描かれていたのを。それは「クソ女!」の英訳だった。そのジャージには、まだうっすらと黒い油性ペンの跡も残っていた。

(私の、ジャージ――)
 あの時、私が教室の隅のゴミ箱にズタボロのジャージを捨てた時、おそらく修也君もいたのだろう。そして、私がいなくなった後で、そこから取り出したのだ。それから1週間、わざわざこんな手間ひまをかけて、しかもこんな奇天烈な形で再生産して、それを身に着けてきた。一体、どういうつもりなんだろう。意味が全くわからなかった。勝手に私のジャージを着ていることも気持ち悪かったし、それ以上に不安だったのは、いじめに便乗した、たちの悪い嫌がらせかと思ったことだ。
 でも違った。

 修也君のその3色ジャージは、体育館中の生徒たち全員から注目を浴びていた。誰もが大爆笑だった。仲間の男子からは「股間だけは3年生ってか!」とツッコまれ「私もあれほしいんだけど」と真顔で言う女子もいた。あげく、午後の授業でもそれを着続けて先生に問いただされると「はい、ゴミ箱にあったのを拾ったんです!」と、むしろ得意げに答える始末だった。わざわざ振り向いて背中の刺繍まで見せたりして。

 誰もが強烈な関心を抱いたので、そのジャージの存在はまたたく間に中学校全体に知れ渡った。やがてそれが私のものだということも、陸上部の分裂騒動も、周知の事実となった。その後、誰に対してどういう批判や批難の声が上がったのかはよく知らない。私は極力耳に入れないようにしていた。ただ、先生方に呼び出されるようなことはなかった。

 しばらくして、松橋先輩は部活に来なくなった。新しい男子のキャプテンは「私の派閥」から誕生し、それと同時に「旧松橋派」の数人が部活を辞め、そういう下らないあれやこれやを経て、陸上部はまた一つに「統合」された。


 それ以降、修也君があのジャージを着てくることは二度となかった。先生にとがめられたせいもあるだろうが、目的を達成したからとみるのが正しい気がした。理由は分からないが、あれは最初から、私のいじめを止めさせる、という目的で起こした行動だったのだ。しかも、私がジャージを捨てた時、他の女子生徒に「余計なこと言わないでね、絶対に」と念を押したのも耳にしていて、ちゃんとその約束をも守る形で。先生や親などの大人の力を利用したくない、という私の方針に沿った形で。

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