【小説】ステルス・ミッション 10

07

「まだちゃんとお礼を言えてなかったと思う」
 狭いロケットの中で、私は迷いを振り払って言った。
「桃川が着てきた3色ジャージ。あれでだいぶ救われたとこ、あるんだ。ありがとう」
「あー、あれね。うん、元々は与田のものだしな。返そっか? 着る?」
 予想通り、修也君は話をはぐらかそうとしてきた。しかし、そんなにあっさり返してもいいのなら、奇抜なアート作品という意味でも、私の所有物というフェチ的な意味でも、あのジャージそのものに特にこだわりはないはずで、やはりいじめ解消が目的だったという確信は、今更ながら、いっそう強まった。

「あの時も、桃川は私のこと、助けてくれたよね? あのジャージって作るの大変だったと思うんだけど、なんであそこまでしてくれたの?」
「いやあ、単純に、ウケるかなーと思って」
 私は追撃を止めなかった。この機会を逃したら、もう二度とないだろう。
「でもあの件があってから桃川、なんだか微妙に、私を避けてた気がするんだよね。だからこそ去年も今年も同じクラスだったのに、これまでちゃんとお礼も言えなかったし。ただ、嫌われているとは思わなかった。それなら、わざわざあんなことまでしてくれるはずがないじゃない? だから余計に不可解だったんだけど」
「いやいや、別にそんなことはないよ。考えすぎだよ」
 あくまでしらを切るつもりらしい。このじょっぱりめ。

「あーあ。私、好きな人、いるのにな。勝手に桃川に『恋人宣言』、されちゃったな」
 心苦しいけど、「脅迫」してみる。これで私の持ち札は全部だ。実際は願ったり叶ったりなわけで、なんにも困っちゃいないのだが、とは言え、今の状況に満足はできない。私は、私の好きな修也君の根底にある意図が知りたい。その上で、ちゃんと協力したい。

「わかったよ」
 大きく息をついてから、修也君は昔の海外ドラマ風に肩をすくめた。
「まず、与田のこと。避けてたかどうかで言うと、ジャージの件以降、できるだけ関わらないようにしてた」
「なんで?」
「だって、クラスの女子が捨てた服を、ゴミ箱から拾ってわざわざ補修して着て来たんだぜ? ほとんどの生徒は笑いを取るためのパフォーマンスだって理解してくれたけど、一部にはそうじゃないのもいて、オレが与田のことを好きだから、と受け取る人もいた。そうすると、与田は陸上部でのゴタゴタに巻き込まれてる上に、クラスメイトの変態にまで迷惑こうむってる可哀想すぎる生徒、という別のストーリーになってしまう。それだけは避けたかったから、オレは与田から距離を取るしかなかった」
「でも桃川の目的は私のいじめを解決することだったんでしょ? じゃあ素直にみんなにそう言えばよかったじゃん」
「いや、それをオレが自分で言っちゃうと意味がないんだよ。一番ぶち壊しちゃう」
「なんで?」
「そうするとオレもただの『与田派』になってしまうから。部活の外だろうと、陸上部の派閥問題に組み込まれる奴が一人増えるだけ。何の解決にもならない」
 なるほど。

「桃川って、どこまで事情を知ってたの?」
「与田は自分から話そうとしなかったけどさ、周りの陸上部の女子が結構なデカい声で話してたから。毎日、昼休みに。オレも昼休みは教室で本読んでたけど、話が話だけに、ごめん、つい聞き耳立てちゃって。途中からはもう、毎日報告されてる気になってた」
 そうだった。分裂してからはほぼ毎日のように、昼休みは作戦会議という名の愚痴の言い合いに時間を費やしていた気がする。確かに私は味方になってくれる子たちの話の聞き役が多かったけれど、それを自分にとっての「癒し」にしていたことは間違いない。まさか修也君があんな話を近くで聞いていたとは。今の今まで、全く気づかなかった。

「事の経緯は大体把握したから、あとは、大勢の無関係の人を巻き込みさえすれば、与田が望んだ形で解決するんじゃないかなと。当事者だけの問題にしとくよりも、先に『世論を動かす』ってやつ。もちろん、それには先生とかも含まれる危険性はあったけど、少なくとも一方の派閥が『大人の権力にすがる』っていう構図にはならないとは思った」
(すごい)
 私がなぜ先生とかに知られたくなかったのか、やっぱり正しく理解してたんだ。
「でも、そもそもなんで、そこまでしようって気になったわけ? しつこく訊くけど、なんでそこまでして、正義の味方、やるの?」
 別に私のこと、好きなわけじゃないよね? とまではさすがに付け足さなかった。

 修也君はそこで間を置いた。そして、意を決して、口を開く。
「オレがやってるのは『償い』なんだ」
「償い? なんかのお詫びってこと?」
 うん、と頷き、一度深くため息をついてから言った。

「実はオレ、人の息の根を止めたことがあるんだよね」


*じょっぱり:強情っぱり。頑固。

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