「障害支援で、一番大事なのは人権尊重です(2016年6月30日のメルマガ)

★こんにちは、ハルヤンネです! ★

無料版から4017本目。全部読んだ方は数名。2005年7月登録は10数名。有料版からは50名。当時お子さん5歳として、現在16歳。10歳ならもう成人になられているのです。書く方も書く方ですが、読む方もすごいですね〜。

ところで、最近はまたABAが注目されています。それから、TEACCHのスケジュールや構造化の話は日常的に聞くようになりました。11年前の私は、幼児期から視覚的支援を始め、選択活動、AAC(携帯メールや筆談)もしてきて「ああ、これだ!これを知ってほしい」とメルマガを始めます。

今は、どうでしょう?もう、みんな知ってるんじゃないの?メルマガを配信する必要ないくらいネットを見たら情報はあるじゃない?そうも見えます。でも、10年以上毎日書いてきて「もう書く意味がない」とは思えないのです。というのも、私がわかったのは「そこ(技法やプログラム)で終わったらお粗末なんだ」ということだからです。

この数日、散髪のことをブログやFBに書きました。自分で伸び具合を判断して、スケジュールに入れて、散髪をしてくる話。昨日は調子がゴキゲン(感覚過敏)で、シャンプーをするかどうか、理容師さんが私に聞いてきたんです。「本人に聞いてください」と間に入ることなく、シャンプーもしていました。このときに「そうなんだなあ。本人の活動を邪魔しない。本人が主人公で生きるをしていけば、行動障害は起こらないのよ」と実感します。

私が「明日、散髪に行きましょう」と促したり、「散髪のあとにマクドナルド(奢りのご褒美)ね」としたり(彼の書いたスケジュールは、マクドナルド「もち自腹」→散髪)、「じゃあ、シャンプーはやめてください」と私が決めたり・・もちろんそれでも「する」でしょうけれど、本人にとっては「させられた散髪」でしかなく、親(支援する人)から仕切られることになってしまうのです。

思春期は、それが鬱陶しく、彼はよく不適応をしていました。例えば、お店で乱暴に振る舞う、車に乗ってから私に絡んでくるなど。それが、なぜ起こるのかが、当時はわからなかった。でも、今ならわかりますよ「俺の人生なのに、お前仕切るなよ!」私は、よかれよかれの積み重ねで、人権侵害をしているのだもの。

世に謳われている方法は、もちろん行動を整えたり、見通しが持ててわかりやすくするわけですから、役立つものです。だから、日常で実践してけばいいのですが、それだけでは偽物、真に落ち着くことはないでしょう。そこに必ず「人権尊重」があること。「本人を抜きにしないで、本人から始まり、本人で終わる」。そこまで行く必要があるのです。

11年書き続けて、社会的にも人権侵害が横行する今、「障害支援で、一番大事なのは人権尊重です」と私はきっぱり言えるようになりました。

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