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【るろうに剣心】石動雷十太は何故「先生」と呼ばれているのか(新アニメ第15話~第17話感想)


◆石動雷十太

令和版アニメ『るろうに剣心』第15話~第17話を見た。

第15話「その男・雷十太」。
そう、表題通り石動雷十太が遂に登場したのだ。
ちなみに石動は「いするぎ」と読む。『true tears』の石動乃絵ちゃんの祖先ではありません。

ぼくはずっと気になっていて仕方がなかった。
「何故雷十太先生と呼ばれているのか?」と。原作は全28巻既読済なのだが、もう10年以上前のことだし、以前の感想でも述べたがぼくは初期の頃はあまりよく覚えていない。無論、雷十太先生も含めてだ。雷十太先生はいつの間にかネットで変に擦られるようになったといった印象だ。だって、「先生」という呼ばれ方はなんか変な愛称じみているし…ふざけていそうだし…

なお今週の脚本は黒碕薫先生
和月先生の奥さんであり、本作の北海道編や『武装錬金』のストーリー協力や小説版執筆などに携わっていた方だ。本アニメ版でもシリーズ構成として携わっているのだが、脚本を手掛けるのは今回の第15話が初。るろ剣への理解度が高いのは間違いないので、無性に期待度が増していく。

というわけで視聴した結果、

一番弟子を名乗る塚山由太郎くんがふつうに「先生」って呼んでいました。

…公式かよ!!
当時からマジのガチで雷十太先生だったのかよ!
明らかに敬意を持った上で先生呼ばわりしている。ネタではなかったんだな…びっくりだわ…

というか、かなり少数派かもしれないが個人的には由太郎くんのほうが印象に残っている。「なんか猫顔の子がいた気がしたんだけど結局誰だっけ…」と妙に記憶に残っていたのだ。思えばあのあたりの話は全然覚えていなかった。見事に断片的な記憶をまたひとつ回収したわけだが、それがまさか雷十太先生と絡んでいたとは。

由太郎くんはオスガキじみてるな!
今回ターゲットに定めた道場では真剣や木刀ではなく竹刀を使うことにプークスクスしていたのが「すわオスガキ!」と反応せざるを得なかった。えっそんなキャラだったの…?初めて読んだときは特にイラついていた覚えはなかったのだが…これも記憶と食い違っていた案件でござるよ。

というわけで、和月先生がライナーノートで失敗キャラだと公認していた雷十太先生に触れていきたい。
因みに雷十太先生編は原作34話~第44話と11話、ジャンプコミックス5~6巻収録と結構な話数。故にアニメ版では3話分も使っている。旧アニメ版ではアニオリエピに参戦とのことで、令和になって真っ当に1からアニメ化となったようだ。

◆剣術の行く末を真に憂う者

この人は道場破りしてきた時点でもう初印象最悪なのだが(えらい迷惑すぎるだろ余所でやろうぜいややるな)、彼の主張は理解できなくはなかった。

剣術の行く末を真に憂う者。
それを自称する雷十太先生は明らかに剣心とは対照的、水と油の関係だ。とはいえ、剣心もかつて人斬り抜刀斎として思うことはなくはなかった。…結局のところ、殺人に至るのが案の定、大きな違いだったが。

竹刀とは良くも悪くも新たな伝統を生み出した。
人を傷つけずに振るうことができ、容易に鍛錬に結び付けられる、刀の敷居低下というメリットは遥かに大きい。反面、真剣ではないと発揮できない力そのものへの弱体化。廃刀令が既に発布されたこの時代、真剣を使う機会は特に必要ないものだ。悪から鞘から引き抜き、悪を絶つくらいしかない。
とはいえ、これまで人が築いた歴史と伝統を崩されたようなものだから、それは雷十太先生だって認めたくないだろう。当時は賛否が大きく分かれたのが察せられる。中学の頃に初めて読んだときはあまり面白いとは思わなかった(故に記憶に残っていなかった/御庭番衆編の後なので比較的地味だからか?)のだが、今見ると興味深いテーマだ。

どのみち間違ってはいない。
だからって道場破りはお気持ち表明やりすぎだけど。

◆埋もれるのが勿体ないバグみたいな強さ

この人かなりやばない??もっと注目されてよくない??
だからこそ、雷十太"先生"と四半世紀も擦られ愛されているのだろうが、いや本当にこの人ヤバすぎないか!?!?

まず前川先生との三本勝負では、一本目から竹刀で肩の骨にヒビを入れるほどの殺傷力。竹刀でこれである。おまけにこの巨躯から想像つかないくらいめちゃくちゃ速い。二本目ではとうとう竹刀が折れた。賠償請求しなきゃ…

もうこの時点でおかしいのだが、続く剣心とのタイマンではお互い木刀を構えれば、

秘剣・飯綱で床に爪痕を残し、木刀を真っ二つに折った。
剣心曰く、真剣以上の鋭さ。

人間兵器かよ!?
ものすごく見当違いだと言われても全然構わないのだが、竹刀がメラで、木刀がメラミで、真剣がメラゾーマだと例えるなら、雷十太先生はメラガイアー並みの威力でメラミをぶつけてきたようなもんだぞ!?
この太刀をかわしたのは剣心が初めてだそうだが、えっなに、雷十太先生は木刀でスパスパ腕チョンパしてきたの…?こんなやべー力を持っていて「剣術の行く末を真に憂う」とか、逆にドンヒキされてもおかしくねえんじゃねえかな…こっちが憂いたくなるわ。

真面目に感想を書くと、雷十太先生のヤバさに説得力を持たせたかったのか、今週は戦闘作画が良かったです。結構動いてたなあ。あと所々墨絵っぽくなるのも原作リスペクトが見られて良し。

そして続く第16話では秘剣・飛飯綱を披露した。
あの…その…どう見てもゲームに出てくる飛び道具的な斬撃では…??魔神剣とか空破斬とかそのへんのやつじゃね…??更にファンタジーの領域に突入してね…??

正体はかまいたち。
いやそんなものをポンポン出すなよ。マジの殺人兵器じゃねーか。

◆どうしてこうなった小物キャラ

雷十太先生でよく言われているのはどうしようもない小物キャラである。
第15話まではまだ大丈夫だったが、第16話にて由太郎くんに飛飯綱をぶちかまし、師匠のフリをしていたというとんでもない裏切り発言をやらかしてきた。小物感鬼つえええええええええええ!!!!

飛飯綱のヤバさからそうなる予感はしていたが、今回腕がやられてしまえば剣術がもうできないくらいの致命傷だったという。ぼくの中ではもう先生と呼ぶべきかマジで悩んだくらい株大暴落である。

由太郎くんの好感度を良い感じに上げてきたところで残酷な仕打ち。
彼は神谷道場での交流・稽古を経て、恵殿とはおねショタめいた関係、弥彦とは良きライバル関係になっていく。強い剣客となって父を見返してやりたいという本心を明かされれば未練は果たしてほしくなったし、凶賊に襲われたときに助けてくれたのが雷十太先生だと知れば、先生と慕うのもすごぶる納得だった。
それがまさかこうも裏切られるとは、まさに上げてから下げるの手法だ。由太郎くんが可哀想すぎる。

第17話では、剣心との再戦で敗北…と思いきや、弥彦を人質に取る更なる小物ムーヴ!もうやめて!とっくに雷十太先生の格はゼロよ!

いやあもう、潔いくらい小物化してて笑っちゃったんですけどね!
だがまあ、やはりこういうせっかく良い秘剣を持っているのに小物化させてしまう残念要素はマイナスであり、和月先生も失敗キャラだと公認しているのはすごぶる納得できてしまった。無理に小物化させてしまったきらいがあるというか、もうちょっと物語を練れなかったのか。こういうのはジャンプテンプレ読切定番の展開なのだが、実際当時のアンケはどうだったのだろうか?

ただ、雷十太先生編は弥彦の成長エピでもあるんだよな。
この直前に一話完結で描かれた「弥彦の戦い」(燕ちゃん初登場回)も成長が見られたが、今回雷十太先生に人質にされても怯むことなく「殺ってみろよ」と啖呵を切ったのが素直にかっこよかった。普段兄弟喧嘩をしているような関係である左之助が「本人が殺れって言ってんだ。殺ってみろよ」と弥彦を認めたも同然な発言をしてくれたのも嬉しい要素だ。
だので、雷十太先生の小物化はこのための犠牲になってしまったきらいがある。やりたいことは分かるが、もうちょっとなんとかならなかったのかなあと。

そして雷十太先生は人を殺したことがないという、こんなやべー力を持っていながら更なる残念要素が付与されてしまったのだが…

◆令和の今だからこそ、救済

由太郎くんがドイツで治療しに行き、弥彦との後味良い別れを果たすのは原作通りの流れだ。だが、追加アニオリ会話として雷十太先生へのフォローが加わった。
雷十太先生の飛飯綱や剣の才能を認め、真古流や殺人剣に固執しなければ新しい剣術を開けたifの可能性、人を殺める一線を越えなかった救い。

御尤もな意見である。これは当時和月先生が描くに描けなかったものだろうか?増ページをもらえない限り、尺がギチギチになってしまうから。単行本に加筆できなくもないが、そこまで手を加える主義かどうかは知る由もない。

そしてCパート。
誰一人殺すことがなかった雷十太先生は剣心の言葉に囚われ、「誰でも良いから殺す」って、コワイ!コワイよ先生!剣心にあんなにフォローされていたのに!流石に罪のない女の子とおばあちゃんを殺すのはやめたげてえ!

――――斬られた頸は、人ではなく地蔵だった。

雷十太先生が遂にわからせられた…!
人を直接殺めたわけではないし、あのおばあちゃんと子供は特に疑問を持たず元に戻して立ち去ったからいいものの、下手したら殺めてしまったかもしれない。
だが、地蔵を斬ってしまっただけでも罪悪感は生まれてくるだろう。

地蔵の首は逆さになっているのだが、額のしわが偶然にも笑顔に見えるのが小気味良い演出だった。「それで正しいのですよ」と主張するような表情である。雷十太先生救済エピソードとして文句なし。

雷十太先生は原作では敗北後に猿空間送りされてしまったのだが(少しだけ話題になる程度)、こうしてちゃんとフォローが入ると後味良くなるし、印象が変わるのだろうなあと。四半世紀の時を経て、雷十太先生が救済されたのが非常に感慨深い。
雷十太先生は小物小物と散々擦られてまくっているし、人を殺めたことがないのも小物化の加速要素なのだが、だからこそ人として堕ちずに立ち直れるのだった。今回の令和リメイクは既存材料を活かしつつ、昇華と救済を成し遂げた脚本がとても巧い。黒碕先生の解像度が高い。

現在の令和での再アニメ化は色々言われることはあるだろうが、ただでさえ名作と呼ばれるものでも当時不完全燃焼に終わり未練が残る要素がある。今回のようにそれを成し遂げただけでも、「やってよかった」と思える価値はあるのだろう。

雷十太先生は北海道編での再登場に待望されているそうだが、由太郎くんと再会させ、先生との和解が見てみたい。そんな気にさせる良きアニオリだった。因みに由太郎くんは既に北海道編にて再登場済なので、ますます期待が強く寄せられる。

石動雷十太というひとりの男が本当の意味で「先生」と呼ばれるのはここからなのかもしれない。

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