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童話習作『こん太のクリスマス』

 キツネのこん太は、巣穴から顏を出しました。
「うわぁ、たくさん降ったんだな。どうりで寒かったはずだよ」
 森の木も、地面もまっ白な雪に覆われています。森に来て初めての冬です。
 白い雪の上を、まっ黒な動物が歩いてきます。きょろきょろと何かを探しているようです。
「あっ、くま太くんだ。おーい」
 こん太は巣穴から出て走っていきました。
「やぁ、こん太くん。どうかしたの?」
「雪がたくさん積もってるから、一緒に遊ぼうと思って」
「もうすぐ冬眠するから、たくさん食べておかないといけないんだ。悪いけど、遊ぶのは春になってからね」
 くま太はたった一人の友達です。他にも動物はいますが、みんなこん太がキツネなので遊んでくれないのです。前にいたキツネがうそばかりついて、みんなをひどい目にあわせたからだと、こん太はくま太から聞いて、とても悲しかったことが忘れられません。
「冬の間、一人なのかなぁ。なんだかさびしいな」
 くま太と別れたこん太は巣穴には帰らず、森を出て、人間の住む町に出かけました。巣穴に戻ると一人で過ごさないといけないので、にぎやかな所にいたかったのです。
 町の通りの木にはたくさんの電気が灯され、日が暮れても昼間のような明るさです。音楽が大きな音で流れています。歩いている人はたくさんの荷物を持ち、楽しそうです。
「ああ、そうか。クリスマスが近いんだな」
 動物たちもクリスマスは知っているのです。ただ人間のようにお祝いをしないだけです。
 こん太は、甘い匂いのする店の前で足を止めました。中をのぞくと、ショーケースの中においしそうなケーキがいっぱい並んでいます。思わずお腹がぎゅるっと鳴りました。
「くま太くんもケーキを食べたらよく眠れるんじゃないかな」
 巣穴に戻ってからも、こん太はケーキのことばかり考えていました。
「そうだ。いいことを思いついたぞ」
 翌朝早く、こん太は町のケーキ屋にやってきました。
「店はまだ開いてないよ」というケーキ屋のおじさんに、
「そうじゃないんです。ぼくを働かせてください」
「うーん、キツネに手伝ってもらうことがあるかなぁ」
「なんでもがんばります」
「よし、分かった。明日のクリスマスイブは、ネコの手も借りたいほど忙しくなるから、キツネの手を借りることにするよ。明日またおいで」
「ありがとう、おじさん」
 こん太は喜んで森に帰りました。くま太の家を訪ねましたが、どこかへ出かけているようなので、置手紙をしました。

『くま太くん
 明日の夜、クリスマスパーティーをやりますから来て下さい。
お腹いっぱい食べてもらえると思うから楽しみにしててね。
                        こん太より』

 翌日はおじさんが言っていた通り、朝から大忙し。たくさんのケーキが作られ、箱に入れられました。こん太は店の前でサンタクロースの服を着て、一生懸命大きな声を出します。
「いらっしゃーい。大きくて甘いケーキはいかが? クリスマスにおいしいケーキはいかがですかー? たくさんありますよ。買って、買って!」
 後ろ足で立ち上がって呼びかけるこん太の姿に、道行く人はみんな足を止めて、テーブルに積まれたケーキの箱を見ています。
「一つもらおうか」
「ありがとうございます。メリークリスマス!」
 こん太がはね回ったり、飛び上がってくるっと宙返りしたり、元気いっぱいに呼びかけたおかげで、山のようにあったケーキの箱がみるみる少なくなってきます。
 夕方近くになると、こん太はケーキの箱を積んだソリを引っ張り、配達に出ました。こん太が首につけた鈴が、走ると鳴ります。トナカイが町の中を走っているようなこん太に、歩いている人は大喜び。もちろんケーキを届けたお客さんも喜んでくれました。中には、
「ご苦労さま。これは後で食べてね」と、お菓子の入った包みをくれる人もいました。もらったお菓子も、森に持って帰ろうとこん太は思いました。
 すべてのケーキを届け終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。店に戻ったこん太にケーキ屋のおじさんは言いました。
「今日は本当によく頑張ったね。おかげで去年よりたくさんのケーキも売れたし、お客さんも喜んでくれた。君のおかげだよ、ありがとう」
 そして売り物のケーキよりも、もっと大きなケーキとたくさんのお菓子をくれました。
「こんなにいっぱい! おじさん、ありがとう」
「森の仲間といいクリスマスを過ごすんだよ」
 こん太は嬉しくて、ケーキ屋の前に立って見送ってくれているおじさんを何度も振り返りながら森へ帰りました。
「くま太くん、手紙を読んでくれたかなぁ?」
 自分の巣穴まで戻ってくると、突然、
「メリークリスマス! お帰り、こん太くん!」と、リスやシカ、鳥たちがいっせいに迎えてくれました。
「話はみんなくま太くんから聞いたよ。ぼくたち、今まで君のことを誤解してたみたい。ごめんなさい。今晩は、一緒にクリスマスパーティーをしようと思って来たんだ」
「そう……。ぼく、嬉しいよ。こんなにたくさん来てくれて、嬉しいよ」
 ところが、動物たちの中にくま太の姿がありません。
「くま太くん、今日から冬眠しちゃったんだ。手紙を預かってるよ」

『こん太くん
 せっかく誘ってくれたのに、行けなくてごめんね。ぼくの代わりにみんなに声をかけておいたよ。よいクリスマスを過ごしてね。春になったらまた遊ぼう。君が用意してくれたもの、その時にいただくから取っておいてね。
                              くま太』

 動物たちが持ってきてくれた木の実とこん太のケーキやお菓子で、クリスマスパーティーは楽しいものになりました。
「くま太くん、ありがとう。ぼく、冬の間も楽しく過ごせそうだよ」
 パーティーが終わった後、こん太はくま太の家に行きました。

『くま太くん
 君のおかげで楽しいクリスマスパーティーでした。たくさんの友だちができて、ぼく、嬉しいよ。でも一番の友だちはやっぱり君だよ。お菓子を雪に埋めたから、冬眠の途中で目が覚めたら食べてね。
 また春に会おうね。楽しみにしてるからね。
                              こん太』
 手紙を残し、こん太は自分の巣穴に帰りました。
                               〈了〉

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