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童話習作『こん太と赤いバラ』後編

(前編あらすじ)森の友達に赤いバラの咲く家を教えてもらったこん太は、つぼみの間から楽しみに待っていました。ところが咲いたバラにあれこれ指図をされ、森の花を悪く言われたことに腹を立て、帰ってしまいます。

出典と言われましても……

 森に戻ったこん太は、友達のクマ、くま太にバラのことを話しました。
「ぼくもバラの言ってることはひどいと思うよ。でもね……」とくま太は少し考えてから続けました。「野原の花はたくさんいるよね。バラはどう? 一人で咲いてるんだろう? もしかしたら寂しいのかもしれないね」
「でも、だからといって誰かを悪く言ってはいけないと思うんだ」
「もちろんそうさ。でも何か理由があるのかもしれない」
「うーん。そうなのかなぁ」
 くま太にそう言われて、こん太はバラのことが分からなくなりました。
 翌日、こん太はもう一度赤い屋根の家を訪ねてみました。ちょうど家の人が水やりをしています。根元にジョウロを傾ける家の人に向かって、バラが何か話しているようです。
「いつもお水をありがとう。わたし、きれいに咲いたでしょう? いつも丁寧に世話をして下さるからなの」
 でも人間はバラの言葉が聞こえないのか、水やりを終えると家の中に入ってしまいました。その後ろ姿を見送っていたバラは、人間が見えなくなると下を向いてしまいました。しょんぼりした様子なので、こん太は何と声をかけていいか迷いましたが、
「こんにちは。バラさん」
 バラは振り向いてこん太を見ました。
「また何かご用? 今わたし、きつねさんと話をする気分じゃないのよ」
「さっきの人がバラさんを育ててくれてるの。きっと……」
「聞いてたのね。立ち聞きするなんて嫌いよ。帰ってちょうだい」
「ぼくは立ち聞きなんかしない。聞こえてきたんだ」
「帰ってって言ってるでしょ」
 頭ごなしに怒られて、こん太もムッとしました。
「分かったよ。もう来るもんか。さよなら」
 次の日からこん太はバラのことは忘れてしまったように森の仲間たちと遊びました。野原で花に囲まれて昼寝したり、リスに作ってもらった花飾りを巣穴に飾ってみたりしているうちに、春は少しずつ夏に近づいていきました。色とりどりだった野原も、緑のじゅうたんに変わりました。
 そんなある日の夕方、森の奥から帰ってきたこん太は、巣穴の前で空を見上げました。夕焼けが真っ赤に空を染めています。
「ああ、きれいな夕焼けだなぁ。花もきれいだけど、ぼくはやっぱり空の色が一番好きだな。そういえば」
 バラの花はもっと赤かったっけ、とふとバラのことを思い出しました。
「ずいぶん日が経ったけど、どうしてるかな?」
 少し迷ったけど、こん太は森を出て、赤い屋根の家に行ってみました。
「あっ、バラさんが……」
 バラはたくさんあった花びらのほとんどを地面に落としていました。根元の辺りが真っ赤になるほど散っています。
「きつねさん、今頃来るなんて。わたし、みっともない姿よね。笑って下さってかまわないわ」
「ぼく、笑わないよ」と、こん太は花壇に近づいて、落ちていた花びらを一枚拾いました。「こんなにきれいな花びらなんだから」
「でもわたし、もう枯れてしまうのよ」
「森の花たちはもうだいぶ前に枯れてしまったけど、また春になると咲くよ。それにバラさん、空を見てよ。昼間は青い空だった。今は空が枯れた時間だよね。でもあんなにきれいな夕焼けをみっともないなんて言う人はいないと思うな。だからバラさんも、そんな風に思わない方がいいよ」
「きつねさん……」
「ぼく、こん太っていうんだ」
「こん太さん、ほんとにそう思う?」
「思うよ。ほら」とこん太は花びらを空にかざしました。夕焼けのオレンジの光がバラの赤い花びらを通り抜けて、朱色に輝きました。
「すごくきれいだと思うよ」
「こん太さん、その花びら、持っていて下さらない? 時々わたしを思い出してくれると嬉しい」
「忘れないと思うけど、もらっていくね。ありがとう」
「また咲くから、見に来てくれるかしら?」
「もちろんさ。来年の春、また来るよ。それまでさよなら」
 こん太は花びらを持って、森に向かって駆け出しました。
「待って」
 バラの言葉は届かなかったのか、こん太は振り向きもせず、走っていってしまいました。
「わたし、今度秋に咲くのに」
 小さくなっていくこん太の姿が見えなくなるまで、バラは見送っていました。
                               〈了〉


読んで下さってありがとうございます。
去年の「グリム童話賞」のテーマだった、ばら。書けなかったことがずっと心に引っかかっていましたが、こん太と一緒の話を作ってみました。


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