見出し画像

童話習作『こん太と赤いバラ』前編

 森に春が来ました。木々も草も緑です。晴れた空をゆるやかに風が通り抜けます。きつねのこん太は巣穴から出てきて、大きくのびをしました。
「ああ、春の匂いだなぁ」
 鳥たちの歌が聞こえます。こん太は散歩することにしました。気持ちがいいので、巣穴でじっとなんかしていられません。
 冬の間は遠くまで出かけることはなかったので、森に来てまだ日の浅いこん太は奥の方まで探検しようと思いました。
「へぇ、こんな素敵な場所があったんだ」
 木々の間を抜けてパッと視界が広がり、まぶしい太陽の光が差してきました。野原が一面に広がり、色とりどりの花が咲いています。大きな池もありました。
「こん太くーん」
 声のする方を見ると、野原のまん中でリスが二匹、手を振っています。
「やぁ、リスさん達、こんにちは。何をしてるの?」
「見ての通りよ」と作りかけの花飾りを見せてくれました。
「わぁ、きれいだねぇ。それに、とっても上手」
 赤や青、白や黄色の花が丸い輪に編まれています。
「こん太くんも作ってみない?」
「ぼくには難しいよ」
「ねぇ、こん太くんは何の花が好き?」
「うーん、きれいな花かなぁ」
「こん太くん。花はみんなきれいだよ。じゃあ、どんな色が好き?」
 うーん、とこん太は考え込んでしまいました。今まで特に考えたことがなかったし、どんな色もきれいだと思うからです。
「そうだ。ぼく、空の色が好きだよ。青い色が夕焼けになったり、ずっと見ていても飽きないよ」
 こん太は自信を持って答えたのですが、リス達は花の色を聞いたのです。空の色のような花はここにはないので、リス達は顔を見合わせています。
「こん太くん、バラって見たことがある?」
「バラ? 見たことあると思うけど、どうかなぁ? ここに咲いてる?」
「なんだ。よく分かってないじゃない。ここには咲いてないよ。森を出て町の方へ歩いていくでしょ。最初の赤い屋根の家の庭に、きれいなバラが咲くのよ。とってもきれいだから、一度見てみるといいよ」
「そう。じゃあぼく、今から行ってみるよ。ありがとう」
 こん太は駆けだしてしまったので、「まだ咲いてないかもしれないよ」というリス達の声は耳に入りませんでした。
 赤い屋根の家はすぐに見つかりました。花壇に赤いつぼみをつけた花があります。野原の花とは違う大きなつぼみです。こん太はどんな花が咲くんだろうと楽しみに思いながら、毎日見にきました。日ごとにつぼみはふくらんで、ほころび始めました。そしてついに、
「わっ、すごくきれい」
 バラは真っ赤な花を咲かせました。大きくて、たくさんの花びらがついています。外の花びらは開き、内側の花びらは重なり合って、まるで何か話をしたがっているように見えました。
 触ってみようとしたこん太でしたが、
「あっ、いたっ」と慌てて手を引っ込めました。見ると茎に鋭いトゲがいくつもついています。
「なんてひどい花なんだろう」とまだ痛む手をさすりながら言うと、
「ひどいのはあなたの方です。いきなり触ろうとするなんて」
「ごめんなさい。あんまりきれいだったものだから」
「当たり前のことです」
 こん太は、おやっと思いました。バラって少し変わっているのかな。
「きつねさん、水を下さい。そこにジョウロがあるでしょう?」
 えっ、と思いつつ言われた通りジョウロに水を入れて花にかけました。
「ちょっと、頭からかけないで。茎の根元にかけるのよ。花びらや葉っぱが傷んだらどうしてくれるの」
「ご、ごめんなさい」
 誰にでも知らないことはあるのに、なんで叱られないといけないんだろう。こん太は謝りながら少しムッとしていました。
「きつねさん、花壇の土をあまり踏まないで。根が傷んだら、あなたの責任よ。それに影にしないで。日が当たらないじゃないの」
 こん太が慌てて花壇から出ると、
「固まってしまった土を元に戻して。重いし、水の通りが悪くなるし、これではきれいに咲けないじゃない」
 こん太は前足で自分が踏んでいた土を掘って柔らかくしましたが、
「バラさん、野原の花なら近くの土を踏んでも怒らないよ。飾りを作る花も分けてくれるし、それに花はみんなきれいだと思うけど」
「野原の花なんかと一緒にしないで。あんなちっぽけな、きれいのかけらもない花。集めて飾りにしないときれいになれない。そうでしょう? その点わたしは一人でもきれいなの」
 さすがにこん太は怒りました。
「バラさん、あなたはきれいかもしれないけど、そんなひどいことを言うなんて、心の中まできれいじゃないんだよ」
 そして森に向かって駆けだしました。
「待って」
 バラの言葉は届かなかったのか、こん太は振り向きもせず、走っていってしまいました。小さくなっていくこん太の姿。バラの大きな花は、少しうなだれてしまいました。
                          〈つづく〉


読んで下さってありがとうございます。
長くなってしまったので前後編に分けて公開します。
また来て下さると嬉しいです~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?