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童話

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自作童話ですが、習作です。上手くなるためには書くしかなく、投稿生活を乗り切るための土台となる作品を集めました。未熟なものもありますが、ご一読いただければ嬉しいです。
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2024年5月の記事一覧

童話『アリ、そしてキリギリス』後編

 虫の音楽コンテストには多くの歌自慢の虫達が集まっていました。キリギリスだけでなく、コオロギ、鈴虫、ウマオイ、松虫。どの虫もコンテストに向けて練習してきたのでしょう。歌も演奏も、みんな上手です。でも、とキリギリスは思いました。アリは自分が一番だと言ってくれた。自信をもとう。ここで弱気になってはいけない。 「次、野原から来たキリギリスさん」  いよいよ自分の番です。キリギリスは自分の歌を、目を閉じて聴いていたアリを思い出しました。今も彼が聴いてくれている。そう思うと緊張がほどけ

童話『アリ、そしてキリギリス』前編

「仲間がみんな一生懸命働いているのに、君はいいのかい?」 「いいのいいの。それよりもう一曲聴かせてよ」  太陽の下であちこち歩き回って食べ物を巣に持ち帰る仲間を横目で見ながら、一匹のアリが大きな葉っぱが作る涼し気な陰で、友達のキリギリスの歌と演奏を聴いています。 「そうかい? じゃあ、この歌を聴いておくれよ」  キリギリスの奏でるバイオリンと澄んだ声が、風に乗って流れます。 「なんていい歌なんだろう」  アリは目を閉じて、うっとりと耳を傾けています。 「ねぇ、アリ君」とキリギ

童話『クスノキの鐘』後編 

 雨に打たれ、風に葉を揺らしても、クスノキの幹はどっしりとして動かず、枝ではたくさんの鳥達がひっそりと身を寄せ合っていました。静まり返った鳥達の頭の上で雷が鳴っています。 「クスノキのおじいさん、強いね。こんなにすごい嵐なのに、ビクともしないや」とカラスの子が母親に言いました。 「そうね」と母ガラスは子ガラスを羽で包み込みました。  丘の上に白い光が瞬き、少し置いて雷がとどろきました。今までで一番大きな音に地面が揺れ、その揺れはクスノキの幹から枝を伝い、鐘を揺らしました。錆び

童話『クスノキの鐘』前編

「そろそろ巣立ちかね?」  梅雨もそろそろ終わりに近づき、空は何日かぶりに晴れ渡っています。丘の上のクスノキは、カラスのお母さんに声をかけました。数年前からカラスの夫婦はクスノキの枝を借りて巣を作り、子育てをしているのです。春に少し葉を落とすものの一年中緑の葉を茂らせる上に、丘の上のクスノキは幹も太く、四方に長い枝を伸ばしているので敵から見つかりにくく、巣を作るには最高の場所でした。 「そうですね。もういつでもって私は思ってるんですけど」  カラスのお母さんは、あちらこちらの