コペンハーゲン市庁舎前にて

コペンハーゲン市庁舎前広場にて

「ハイ、こんにちは」
英語で話しかけてきたのは私と同じベンチに間隔を開けて座っていた男だった。
グレーのTシャツに黒いリュック、水色の目、丸い鼻、栗色のぼさぼさの髪と髭。
私は歩き疲れて広場のベンチで休みながら、夕食をどこでとろうか考えていたところだった。
「どこから来たの?英語を話す?」
「うん、日本。でもデンマーク語を勉強しているよ」
「日本か、行ってみたい、高い建物」
それからデンマーク語で矢継ぎ早に続けた。
「なぜ勉強してるの?なぜこんな小さい国の言葉を?デンマークに住んでるの?何してるの?」
どこから答えようか言葉を考えている間に男は続けた。
「僕の名前はダンだ。Danmarkからmarkを引いてダン、D A N だよ。単純で簡単だろ?」
「そうだね」
「そこのIT企業でプログラミングして働いてるんだ。ところでボードゲームする?」
「しないよ」
何なのだろう、この人は。私は少しだけ自分の状況を説明したが、ダンは何回も同じことを聞いてくる。伝わってないのだろうか。でも、私が言ったことに関しては正しく言い換えて確認をとり、納得しているようなので、すごく忘れっぽい人と話をしているみたいな変な気分になった。それに加えて、何度もボードゲームをするかと聞いてくるので、何度もしないと答えた。私はお腹が空いているのに、こんなところでこんな奇妙でオタクみたいな男とボードゲームをしたくない。

「デンマークに友人はいるの?」
「そんなにいないかな」
「分かるよ、普通のデンマーク人は外国人と仲良くならないんだ。デンマークにはドイツ人とかオランダ人とか色々いるけど、普通のデンマーク人は絶対彼らと仲良くしようとしないね。普通のデンマーク人はデンマーク人どうしで、外国人は外国人どうしで仲良く固まっている。」
ダンは「普通の」デンマーク人は、と強調して何度も言った。青い目が時々寄り目がちになった。
「それはちょっとわかるような気がするな、そんなにデンマークに長くいたわけじゃないけど」
私は少し笑って言った。
「じゃああなたは“普通の”デンマーク人ではないんですね」
彼は黙って笑っていた。
いつまでこの会話を続ければいいんだろう。会話すること自体が嫌なのではなくて、このままどこかに連れて行かれたりとか、泊まっているホテルまでつけられたりしないだろうか。私はアジア人の女で、弱い。
「晩ご飯をどこで食べようか考えていたの」
私は本当にお腹が空いていたし、自然に別れる口実を探っていた。
「僕はいつもあっちの道のテイクアウトで食べてる。安いから」
「何のテイクアウト?」
「中華。中華好き?」
「中華は好きだよ」
「じゃあ行こう」
なぜこんな奇妙な男とデンマークで中華のテイクアウトをしなければいけないんだと思ったが、断るのも面倒くさくなって、特に食べたいものもなかったのでついて行くことにした。

繁華街に面した中華料理屋さんはチャーハンやラーメンのいい匂いがしていた。
ダンはいつも僕は米を食べるんだと言ってお店の人に米、と注文していた。
「トッピングはチキンと人参と玉ねぎで。ソースはなしで」
ダンはいつも同じメニューを頼んでいるみたいだった。
私は炒飯にチキンとアボカドとスウィートチリソースをトッピングしてもらって、60クローネ払った。
お店を出て、ダンが「あっちにベンチがあるからそこで座ろう」と言ったので仕方なくついていく。すぐホテルに戻りたかった。大きい広場に出てベンチに座った。19時くらいだったがまだまだ明るく日差しが強かった。
「19時半の電車に乗って帰らなきゃいけないから」
ダンはベンチに座ってテイクアウトの箱を開いて唐突に言った。私はかなり安心して「そうか」と答えた。炒飯は思っていたよりおいしくて、下手にレストランに入って高いお金を払うよりずっと良かったなと思った。

私たちは食べ終えてゴミを捨てて駅の方まで歩いた。
「私はこっちだから、またね。ありがとう」
「恋人はいるの?」
「日本にいるよ」
「そうなんだ。いるんだ。ところでボードゲームできる?」
「ボードゲームはしないよ」
「そう。19時半の電車に乗るから、じゃあね」
彼は真っ直ぐ駅の方まで歩いて行った。


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