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*002 渋谷の話

久しぶりに渋谷に行った。
仕事や人と会うなどの予定以外で渋谷に行くのは5年ぶりくらいだろうか。渋谷に限らず、人の多いところへは極力行かない様になっている。それで困らないし、元々情報過多な場所は得意ではないのだと思う。

今回渋谷に行ったのは、MODIという商業ビルがゴースト化しているという記事を目にしたから。渋谷の超一等地にも関わらず、テナントの多くが撤退済みで虚無が広がっており、HMVが運営する本屋は充実のラインナップにも関わらず、渋谷であることを忘れる程空いているらしいと。
何それ面白そうと、いそいそと3連休の日曜日の夕方に出かけて行った。

結果、私がそこで見たものと得た感情は、想像を超えたものだった。
ファッションやカルチャーと呼ばれる、多分10年くらい前までは渋谷が牽引していた様な刺激的なものは、自分が歳をとったせいかあまり必要なくなったと感じていた。最低限の刺激はネット上で得られるし、自発的に新しいものを掘らなくても追いかけるべきものは幾らでもあって、休日は思考を解放するために出かけることが増えた。一方的に情報を浴びせられるのには疲れたし、必要な情報は必要な時にネットで自分で迎えに行けば良いと。それも歳をとったからだな。と。
そうやってなんとなく遠のいていた場所は、まるで違う場所になっていた。
渋谷の一等地の商業施設は、確かにゴーストビルになっており、テナントの空きスペースばかりが目立つ。その空きスペースを休憩所として利用している若い子と旅行者はスマホを見たりおしゃべりしたり。それは普通の渋谷の行為であるにも関わらず、圧倒的に何もかもが違った。
そこは、カフェでも設えられたオープンスペースでもなくて、仮設の壁に囲まれたカウンターテーブルは暗くて、当然ながら店員さんというものが居なかった。
商工会議所の休憩室みたいな空間が、渋谷のど真ん中にあった。

件の書店は、デザイン書籍や写真集、素晴らしいラインナップの漫画など噂通りのクオリティで、しかも人が居ない!天国か!!と思うのもつかの間、ビル全体の雰囲気と渋谷の街の落差にくらくらして、棚に集中することがとても難しかった。実際に見てみたかった本の幾つかを手に取ることが出来たし、探していた本を買うことが出来て贅沢な時間ではあったものの、頭の中は忙しなく街と豊かさと未来の商売と、若い人達にとっての希望のイメージってどんなだろうとか、こんな寂しい場所で毎日店頭に立つ店員のお姉さんの気持ちとか、とにかく洪水の様にぐるぐるしてしまった。

漠然と、みんなは昔みたいに街を楽しんでいるのだと思っていた。私がちょっとログアウトしているだけで、街は変化しながら新しいものになっているのだと思っていた。いや、新しいものにはなっているし、多分街は新たな形で楽しまれているのだろう。と、まだ信じている。
MODIの衰退には経営上の様々な理由があるだろうし、渋谷の怒濤の開発で人の流れが変わっているのも分かる。それを差し引いても余りある衝撃を受けた。こんな気持ちになるなんて思わなかったし、肌で感じるって徹底的に違うのだと反省もした。
以前の様に街を必要としなくなったのは、私だけではなかったのだ。それが悲しいのか何なのか、自分の感情が分からなかった。