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それは君の中に

昔によく考えていた事がある

大きくなったら、素敵な人と一緒に綺麗な未来を、輝かしい毎日を送るんだと。きっとその世界は幸せで満ちていて、僕も相手も笑顔で楽しそうにしてるんだ。時には苦しい事やつらい事もあるけど、二人でそれを乗り越えて笑い合うんだ、と

そんなおとぎ話のような事を考えては未来に期待を馳せていたのに、そんな事を考えるのすらやめたのはいつからだったのだろう



高校三年生の夏、僕と彼は大学の受験勉強に追われている日々を過ごしていた

夏休みだというのに、家でも勉強、たまには場所を変えようと図書館に行って勉強。ずっと文字を見て書いて、問題に頭を悩まして、たまに眠気と戦ったり

彼と毎日一緒にいるのは嬉しかったが、特に夏らしい事も出来なければ、恋人らしい事も最近まったく出来ていない。要は、僕は少し不満なのだ。8月も半ばとなり、何もしないまま夏を過ぎるのが嫌なのだ

「暇です」

「暇じゃない。ここ、間違ってるよ」

「う〜」

彼の部屋でお互い勉強しているのだが、少し期待してみたらいつもと変わりなく勉強で僕は少し飽き飽きしていた

「もう疲れた〜。よく頑張ったよ、僕。せっかくの夏なのに、こんな勉強ばっかりして」

「季節関係ないだろ。仕方ないじゃんか、こういう時期なんだから。同じ大学行くんだろ?」

「それはそうだけどさ〜」

ぐったりと脱力しながら、机に体を預ける。少しひんやりとした木製の机と、2人分の麦茶がカタンと揺れた

「….まぁ、俺もこのまま勉強だけで夏を終わらせようなんて考えちゃいないさ」

「え!?それはつまり!!」

勢いよく体を起こして彼にグイッと詰め寄る。まさかの発言に期待とワクワクが止まらない

「はは、やっぱり食い付いた。はい、これ。買っといたんだ」

優しく笑う彼が差し出した手には二枚のチケットが

「チケットだ。なになに….展望台?」

「そう。山の上にある展望台のチケット。俺は知らなかったんだが、この時期になるとある物が見れるそうなんだ。知ってるか?」

いきなりそう言われて、何も考えていなかった頭をフル稼働させて考えてみる

夏、お盆、展望台、星

連想するキーワードを並べるとある一つの答えにたどり着いた

「あ!流星群!」

「お!よくわかったな、流石。正解だ、それを知って君と見たくてな。予約しといたんだ。明日の夜、いいだろ?」

「うん!!!行く行く!!ありがとう、大好き!」

「じゃ、それまでに110ページまで終わらせような」

「…..それ、僕あと10ページあるんだけど」

「俺はあと2ページ」

「ちょっと!!君基準にしたでしょ!!ねえ!」



そんな事があった昨日、夕方にバスに乗って山のふもとまでやってきた。ここからはロープウェイに乗って山頂近くまで行く

「落ちたら死ぬね」

「怖い事言うなよ、シャレにならん」

ロープウェイに乗りながら少し不謹慎な事を言いつつ、ゆっくりと山頂に向かっていく。空はまだ夕陽が輝いており、山の木々や街並みを黄金色に染め上げている。この時間、この場所からでないと見下ろせない景色

空の上は紅く、段々と金色になっていき、その下にはわずかに紫のような夜空がわずかに顔を覗かせている

「綺麗な夕陽だね」

「ああ、気持ちいいくらいだ」

ロープウェイの中も紅と金の世界に染まり、僕と彼の濃い影が長く深く、鮮明に映し出される

今は、僕と彼だけの世界だ

そんな事を思ってしまっても仕方ないと思う


10分くらいのロープウェイをやたらと長く感じたが、いい景色をもっと見ていたかったと少し名残惜しそうにしながら降りる。少し登った先には大きなドーム状の建物があり、展望台である事がよくわかった

夕陽が落ちるのは早く、もう半分ほど見えなくなっていた。美しかった紅と金の世界もいつの間にか、紫が染み込む夜の世界に移ろい行こうとしていた

「さ、こっちだ」

「うん」

彼が差し出してくれた手を取って進んでいく。少し低めの体温の彼の手は、この季節でもどこか涼しさを感じた

展望台の中に入ると、大きな望遠鏡が真ん中にそびえており、更に上に進むと屋上から景色を見渡せるようだ。そこにもいくつか望遠鏡が置いてあった

予定の時間まで話しながら少し待っていると、他にもお客さんがやってきた。それなりに集まった所で職員の方に案内された。進んでいくと、真ん中にある大きな望遠鏡の上の屋根が開いていき、望遠鏡の所に登れるようになった

「望遠鏡を覗いてみてください。少し雲がありますが、この角度からだとよく見えますよ」

望遠鏡を覗いてみると

「わぁ」

真っ暗な夜空を埋め尽くすほどの光を放つ星の群れで覆われていた

光も白だけでなく、黄、ピンク、赤など様々だ。肉眼では見れない景色だ

そこに一筋、上から下に向かって流れ落ちる星が見えた

「あ!今の!」

「お!流れ星!」

彼と同時に声をあげる

「おや、早速見られましたか。運がいいですね、そちらが今夜よく見えると言われるペルセウス座流星群です」

「へへ、運が良かったな」

「うん、ラッキーだね。あ、願い事してなかった」

「屋上の方や外に出られますと、たくさん見られると思いますよ」

「ありがとうございます。行ってみようよ」

「もちろん」

彼の手を引いて外へと出る。山の上という事もあり、夏とは思えない涼しさだ

「あれ」

外に出て空を見上げると、雲があり空も周囲も真っ暗となっていた

展望台の僅かな明かり以外はすぐ先の道すらも見えないほどの暗闇に少し体が強ばるのを感じた

「あっちだな」

「あ」

そう言って繋いでいた手を離して一人で進んでいく彼。咄嗟に伸ばした手も虚空を掴んでしまった

彼を追いかけようとするも、心に産まれた恐怖が足をすくませる。体温が下がっていく。酸素が地上に比べて少し薄い。ぎゅっと一人で握りしめた手は冷たかった

ゆっくり足を前に出すと、ジャリっと山の上の砂と土を踏みしめる音がやけに大きく響いた

「おーい」

遠くから彼がこっちに向かって手を振っているのが見える。完全にシルエットでしか見えないが、おそらく彼だろう

「ま、待ってて今行く」

ふうっと小さく息を吐く

恐怖を吐き捨てるように真っ直ぐ彼の方を見つめる。すると、空にあった雲が偶然小さく裂け、そこから漏れた光が彼への道を作り出すように明るくなった

この道を進めばいい

まるで星がそう語りかけてくるようだ

「ごめん、ごめん。ほら、こっち」

彼が小走りに戻ってきて、ぎゅっと僕の手を掴んだ。冷たいその手は熱かった

彼と一緒に進む光の道。その先は山の頂上


「雲がここなら見えないよ」

光を遮っていた雲も、そこからは切れており望遠鏡で見たような埋め尽くすほどの光が空に溢れていた。天の川の間を、いくつもの流星が絶え間なく降り注ぐ幻想的な景色

その眩しさに少し前に立つ彼の姿もまたシルエットのように映る

「綺麗だな」

こちらを見て笑っているであろう彼を見る。彼の手が暗闇の明かりとなってここまで導いてくれた。ぎゅっと固く繋がれた手はもう冷たくはなかった

「うん、綺麗な景色。ありがとう!」

「こんな景色を見たかったんだ。君と一緒にな」

「….僕も君のおかげで見たかったものが今、見えてるよ。これからもずっと、僕の見たかった景色が見れますように」

「はは、なんだそれ」

昔描いた理想の世界。そんな夢のような世界も、この星空のように無限に広がる世界も、きっと君の中にある

「昔からね、憧れてたんだ!幸せになるんだって。だからそれのお願い」

「そっか….。じゃ、俺は君のその願いが叶いますようにってな!」

二人で大きな声で笑い合う

この雲の向こう側の全部が、君の中にある
僕の見たかった全部が、彼の中から光となって零れている。それが彼の笑顔だから。この星にも負けずに光り輝いて見えるんだ




昔の僕へ

未来の僕は、間違いなく幸せだよ

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