108膝目『煩悩膝枕』男女逆転
この度、ようやく順番が回ってきまして。
書き上げていた膝枕を発表するに至りました。
聞いてくださったみなさま、ありがとうございました！気持ちよくデビューできました🙏
今井雅子先生による『正調膝枕』はこちらから！👇
私の作品は女性目線の「膝枕」で男女逆転です。
女性の方に是非読んでいただきたいです💖
女性僧侶のHARU作
『煩悩膝枕』
久しぶりの休日だと言うのに、私には会いたいと思うような人はいない。とりわけ楽しめる趣味もなく、その日の予定は何もなかった。
二度寝でもしようとしていた私の耳に飛び込んできたチャイムの音。眠い目をこすりながら、長い髪の寝癖を直しつつドアに向かう。
ドアスコープを覗いて見たが、人の姿は見えない。仕方が無いのでドアを開けてみると、そこには大き目のダンボールがひとつ、置かれていた。
何だろうとよく見てみると、伝票にある商品名欄には「枕」と書かれていた。ハッとした。あれだ。あれが届いたのだ。
ずいぶん前にインターネット広告を見て注文した商品。人気商品のため発送が遅くなっているとの知らせが届いてから、すっかり忘れていた。
ドキリ、とする。少し重いその箱を、どうにか玄関の中に運び入れた。
「やっと届いたんだ…」
心の中が期待でざわつく。待ち焦がれた私は、思い切りガムテープを引き剥がし箱を開けてみた。箱の中身はあの商品。
少し無骨でがっちりとした男性の両脚が、正座のかたちで収まっている。それをそっと取り出し、自分の正面に座らせてみる。
「思ったより、よく出来ているものね」
私の声に反応したのか、膝が嬉しそうに弾んだ。何故かそれを見ていたら、心が掴まれるような感覚に陥った。頬が少し熱い。私は膝枕に指先で触れて手触りを確認した。私の喉が鳴った。
「今日からよろしくね。あぐらタイプと迷ったけれど、あなたにしてよかったわ」
この商品『膝枕シリーズ』はその名の通り膝枕の機能しか持たない。ラインナップは豊富で、男性向けから女性向けまで幅広くカバーしている。
ネットの広告でよくよく吟味した結果、私が選んだのは健康的で嫌味のない『標準男性』の膝枕。
品名は『ナオキ』
「下着だけっていうのもあんまりよね。ハーフパンツとか買ってこようかな」
予定もなかった味気ない私の休日が、ナオキとの出会いによって突然、彩られる。
一緒に買い物に連れて行けるわけではないから、ナオキには留守番を頼んだ。
衣料品量販店に入り、メンズコーナーに真っ直ぐ進んだ。こうして男物の服を選ぶなんて、別れた彼氏以来だなあ。
あの人との最後は散々だった。だからもう、これからは男なんて懲り懲りだと思っていた。
男ってめんどくさい。私が何かをするにもしないにも、いちいち口出ししてくるし、気を使わないとすぐに不機嫌になる。
私はもう男のご機嫌取りのために生きるのはイヤ。
だから。だからこそ、ナオキに決めた。彼は膝枕だけだもの。私をずっと甘えさせてくれるに違いない。淡い希望とともに私はナオキのもとへ帰った。
膝だけ貸してくれる彼氏、ナオキ。
早速買ってきた紺とグレーのハーフパンツを穿かせてみる。彼の日焼けした脚には、とてもよく似合っていた。私は嬉しくなった。ナオキもなんだか嬉しそうだ。
「甘えちゃおっかな」
私はナオキの膝枕に頭をあずけ、ごろんと横になった。ちょうど良い高さ。理想的な硬さ。ごつごつとした膝頭も、筋肉質な感触も、私の求めていたとおり。いや、それ以上だ。
その日はあまりに心地よくて、そのまま眠ってしまった。
それからというもの、私の毎日は一変した。以前よりも仕事に身が入る。周囲からも『明るくなったね』と言われた。自分もそう思う。生活にハリが出たのだ。
家に帰ればナオキが待っていてくれる。彼の膝枕に甘えながら、その日にあった出来事や、仕事の愚痴を言う。ナオキは黙って聞いてくれる。
その時間がなにより幸せで、私はつらいことがあってもすぐに忘れられるようになった。
ナオキのおかげで、私にも生きている意味ができたのだ。
綺麗になったよね、と言われた。
その日は会社の飲み会で、少し先輩の男性が近くに座っていた。優しくて、社内の女性人気もなかなか。見た目も『標準的』な男性。
「あ、村瀬さん…でしたっけ。お話しするのは久しぶりですね」
彼はにこりと笑い「そうだね」と甘い声で呟いた。続けて「みんな君がきれいになったって噂してるんだよ」と言われた。
「そんなことないですよ」
社交辞令に対してのそつない返事だったが、彼はさらに「いい人でもできたの？」と重ねてきた。
ドキッとした。いい人…って、もしかして、ナオキ？でも、あくまでナオキは膝枕なのよ。
「い、いませんよ、そんな人」
苦笑いして否定すると「じゃあ、立候補してもいいかな」と、村瀬は真剣な顔で囁いた。
「からかわないでください」
と言うと
「本気だよ」
と、言われた。
カッと耳まで赤くなったのが、自分でもわかる。
連絡先を交換して、村瀬とは駅で別れた。必ず返事くださいね、と念押しされた。
部屋に帰るまでドキドキはおさまらなかった。どうしよう。久しぶりに心が揺らいでいる。
玄関に入ったときにメッセージが届いた。『今日はおつかれさま。改めてまた会ってほしい。好きです』村瀬からだった。
こんなに熱烈に押されたら、断りきれない。カバンを放って私はナオキにしがみついた。
「私はあなた『で』いいって思っていたのに…」
その呟きにナオキの脚が強ばったのを感じた。私は慌てて身を起こした。
違う。ナオキは、だってナオキは人間じゃないんだもの。そんな…、気にしないよね？
結局私は村瀬とデートを重ね、付き合うことになった。村瀬は今までに付き合った男の中で一番優しく、もっとも安心できる相手だった。相性が良いのだと思う。それ以外考えられない。
村瀬との関係が深くなるにつれ、私は次第にナオキに甘えることを忘れていった。
今やナオキは届いたころと同じ、ダンボールに詰まった状態で、クローゼットの中にしまわれている。
話しかけることなど、もうなかった。
そうして半年ほどが過ぎた。村瀬に『一緒に暮らさないか』と提案された。私も乗り気だった。そうとなったら「アレ」を片付けなければならない。
「少し待ってほしいの。部屋のいらない物、捨てたいし」
村瀬は快く了解してくれた。『なんなら手伝うよ』と言ってくれたが「アレ」を見られるわけにはいかない。丁重に断り、私は意を決してクローゼットを開けた。
ナオキの入ったダンボールを取り出すと、おかしな点に気づいた。箱の所々が赤く染っている。なにごとかと思い、私は恐る恐る箱を開けた。
「えっ？」
ナオキの膝から真っ赤な血が滴っていた。
「やだ、どういうこと？」
私は慌ててナオキの取扱説明書を引っ張り出した。そう言えば説明書なんて目を通していなかった。
「この商品はあなたと一生を添いとげる存在です。責任をもって生涯大切にしてください。万が一のことがありましても、当社は一切責任を負えません。また、返品につきましても固くお断りいたします。大切にしてください」
それだけが書かれていた。ナオキの怪我のことに関しての記載はない。
「とりあえず、血をどうにかしなきゃ」
焦ったガーゼと消毒液、タオルを何枚か持ってきた。箱から取り出したナオキは、傷だらけだった。
「ああ、たいへん」
膝の手当をしているうちに、ナオキを迎え入れた日からの思い出が蘇ってきた。
どれだけ甘えただろう。どれだけ話しかけただろう。私のすべてを受け止めてくれた膝枕。唯一無二の存在。
「ごめんね…ごめんね…」
いつの間にか、私は泣きながらナオキを抱きかかえていた。
「ほったらかしにしてごめん。村瀬さんだって、そのうち変わっちゃうかもしれないよね。男なんていつか女を捨てるんだから。ナオキは私のこと、心配してくれるのね」
ナオキの膝枕に、私は頬を擦り付け、泣きじゃくってしまった。なにを男にうつつを抜かしていたのだろう。私にはナオキがいるじゃないか。
抱きしめると、まるで抱き返すようにぎゅっとナオキの膝に力が入る。その慣れた感覚に安心する。
「ナオキ…ありがとう…」
私の涙とナオキの血で、ふたりともぐちゃぐちゃだった。
目を覚ますと朝になっていた。私の長い髪が何かに絡まって頭が動かない。
「いやだ、起きられない。ナオキ、髪、踏んでる…」
言いながらよく見ると、私の髪どころか、首筋、頬、耳と、右側の頭の部分が、すべてナオキの膝に結合していた。まるで、愛のままにふたり溶けてひとつになってしまったようだった。
不意にスマートフォンにメッセージが届く。手を伸ばして見てみると、村瀬からだった。
「今日は会社休んでるの？」
時計を見ると午前十時を回っていた。私は『うん。ちょっと体調悪くて』とだけ返事をした。
その後も何度かメッセージは届いていたけれど、私は返事を返すことはなかった。
そんなことより私には、ナオキといる『今』だけが大切だったから。
私はナオキのもの。ナオキは私のもの。
わたし、だけのもの…。
だんだんと意識は遠くなっていく。けれど、私は最高に幸せな気持ちだった。好きな男の膝枕で、このまま、ずっと…。
=了=
以上になります。
読んでいただきまして、ありがとうございます🙏
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