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安定収入を得るために宗教団体の壺を作っていた知人の話。

世の中綺麗事だけじゃ生きていけない。

『芸術で食っていくのは大変』だとは知ってはいました。
自分で作った作品を売って、そのお金で生きていく。
そんなことができるのはほんの一握りの人に過ぎないと。

知り合いに、某有名美大の非常勤講師まで勤めた人がいますが、いまは地域の人に向けた絵画教室の先生です。

私が子供の頃に通っていた、地域のピアノの先生も、かつてはピアニストを目指していたそうです。


こういった地域の子供達、お年寄りに文化を教える先生をやるのも、とても素晴らしい仕事だと思います。

その中から芸術に興味を持ち、将来有名なアーティストになる人も出てくるかもしれません。

少なくとも、自分が人生長い時間を費やしてきた芸術に関連することでお金を得ているのだから、幸せだと思います。その影には、夢に敗れ、全く別の仕事についている人もたくさんいるでしょうし。



「俺、陶芸家を目指していたはずなのに、いまは宗教団体の壺を作っているよ」

先日、こんな話を聞きました。

その彼は美大も出て、陶芸家を目指していました。

普段は陶芸教室でバイトしつつ、自分の作品も作っていたはずです。

それが、いつのまにか、宗教団体の壺を作るようになっていました。秋葉原とかでデート商法で売りつけるタイプの壺です。

私は知らなかったのですが、宗教団体からの依頼は定期的に、かつ大量に注文が来るので、優良顧客なんだそうです。

浮き沈みが激しい業界の中で、安定して仕事をくれる顧客は、ありがたい存在。

歳も取り、安定して収入を得るようになると、自分の作品も作らなくなっていったそうです。

金にならない自分の作品をつくるより、確実にお金になるものに時間を使う……『生産性を高める』と、どうしてもそうなる。

自分の作品に高い値段がついて並んでも、それが売れなければ、1円にもならないのです。

(売れたとしても半分以上がギャラリーなどにとられるため、手元に来るお金はかなり少ないらしい)


「俺は、宗教団体の壺を作るために、美大まで出たのか……」

世の中、綺麗事だけじゃ生きていけない。

「壺を買わされた被害」の話を聞くと、その壺どこで仕入れてるんだ?と思いましたが、その背景にはこんな実情があったようです。

安定収入のためには、時には魂も売らなきゃいけない。犯罪ではないですが。
芸術でお金を得て生きていくのは、本当に難しいですね。


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