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番外編②:母の誕生日【サプライズの何でも屋】

8月10日。母の誕生日。

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 母と私は、お互いに口下手というか、照れ屋なところがあります。

 母のことは好きです。大好きです。でも性格が真逆なのでぶつかることも多いし、私がおっちょこちょいすぎて日々怒られてしまっています(私もうすぐ30歳になるんですけど)。最近、数年振りに母と同居し始めたのですが、それからなんだかずっと怒られてる気がしてます。


 以前、母からゴミ出し頼まれて行こうとしたら「やっぱ辞める!あんたに頼んでもちゃんとやってくれるか分かんない。あんたのこと信じてないから。」って言われたことがありました。

 たしかに、わたしがいつもやらかしてるからなのですが、「信じてない」という言葉の威力が本当に大きくて。その日から2、3日は、母と会話することが怖くなりました。ナイーブすぎますけども。もうすぐ母の日なのになぁとか、お母さんのこと嫌いになりそうでこわいなぁとか。考えていたらつらくて涙が出てきて、居間でこっそり鼻水を思いっきりかんで、また布団に入って、寝付けなくてまた鼻をかみに行って。数日そんなことを繰り返していたら、母もなんだか私への接し方が不自然というか、なんかぎこちなくなってきて。


 でも、やっぱりお母さんは、お母さんですから。気まずいのが続くこと数日。母がうどんを作ってくれました。風邪をひいたとき、具合の悪いとき、よく母が作ってくれた、「あのうどん」。数日前、食べたいなぁって話していたのもあるかもしれないけど、目を泣き腫らしていたり、元気がなかったりしていた私を案じて、作ってくれたのかもしれません。

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  母は、自由に色々なところに飛び出して行く私に、いつも懐疑的になったり心配したりします。厳しい意見も言います。でも、止めはしません。合格率6%の高校に受験をしたいと言った時も。浪人したいと言った時も。1000人集めるイベントやりたいと言い出した時も。安定した看護師の仕事を辞めて、地域おこし協力隊になると言った時も。いつでも、人一倍心配するけど、「帰ってきて温かい場所」を絶対守ってくれた。いくら私が落ち込むこと言っても、ズバズバ意見を言っても、「最終的には応援するんだけどね」って、最後に言ってくれる。母は、そんな存在です。


 私の母はイベントごとやお祝いごとにすごく力を入れる性格をしておりまして。小さい頃、よく家では誕生日のお祝いをしてもらっていました。お祝いをしてもらった日は、すごくすごくすごーく幸せで。そのおかげで私の中で誕生日は良い日、幸せな日、みんなに祝ってもらえるサイコーな日となり、すっかりお誕生日大好き人間になりました。

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 時は経ち、中学・高校と、私は部活動に時間を多く費やすことになります。家を出ている時間が多くなりました。下宿をしていた頃もありました。母と過ごす時間は短くなっていきました。  
 日々練習に追われる私は本当に時間がありませんでした。しかしそんな中でも楽しみがありました。それは母のお弁当。私が母の料理が好きということはもちろんですが、母はいつもお弁当箱に遊び心も一緒に詰めてくれていたのです。例えば、七夕には星型にくり抜いた野菜たち、ハロウィンにはカボチャのキャラ弁。部活の大会当日は「フレーフレーはるか!」と文字の入った旗が立っていました。ことあるごとに、楽しいや嬉しいが詰まっているお弁当。私は毎日、それを開けるのを楽しみにしていました。

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 母にサプライズをしたことは何回かあります。すごく覚えているのは、大学生の頃のこと。今思うと、これがきっかけでサプライズが大好きになった気がします。

 大学生の私は、家の外で色んな活動をしておりました。家を出ている時間がほとんどでした。同居していた母からは家に帰るのが遅いことを心配されたり、生活が乱れていて怒られたりもしました。今思うと、母は少しさみしそうでした。

 そんな日々の中で、母の誕生日がきました。高校生の頃も誕生日には手紙を書いたりはしていましたが、大学生になり僅かばかりのバイト代も手に入り、今回は!と少し気合を入れました。母が好きな近所のお店のケーキ、母が好きそうだなぁと思い選んだワイン、少し豪華なバースデーカード、いつものお手紙。誕生日当日、サプライズで夕食後にケーキを渡して食べてから、母がお風呂に入っている隙にバースデーカードとキャンドルをリビングのテーブルの上にセットして待ちました。お風呂から上がると母は、「なぁにこれ!」と少し困惑しながらも笑顔。いつも怒った顔や悲しそうな顔をよく見ていた私は、なんだかすごくホッとしました。ホッとしたけれど少し恥ずかしいような気もして「何って、お誕生日だよ。」などと素っ気なく言いました、確か。そして私がまだプレゼントあるよ〜とごそごそワインを取り出すと、母は「まだあるの〜?!」と。なんかめちゃめちゃ喜んでるぞ、と。いつもは母を怒らせたり寂しげな顔をさせたりしてしまっていたのに、その日ばかりは私がしたことですごく喜んでくれたのでした。その時、サプライズの持つ力のすごさを実感した気がしました。

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 人と人って、関係性や関わる距離が近すぎるとつい、お互い色々言ってしまったりする。
 家族なら尚更。一言ひとことで、言った方も言われた方も落ち込んでしまうこともある。でも、本当はお互いに大事な存在だと思ってる。最初に書いたように、母と私は、お互いに照れ屋です。だから時々こうしてサプライズ的なことをして、人に気持ちを伝えようとするのかもしれません。
 
 もちろん、サプライズをしたら全てうまくいくかと言われたら、全くもって違います。日々の行いの方が断然大事です。ドジしたら迷惑かけるし、それが消えるわけじゃありません。本当に。ですが、「いつもありがとう」と「大事に思ってるよ」を言葉だけでなく行動で表現できる方法の一つがサプライズだと、私は思っています。口下手で、不器用で、照れ屋な私だからこそ、サプライズで気持ちを伝えたいなと思うんです。

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