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「真珠女」7話【歯医者】

【歯医者】

涼は毎日連絡をくれた、最近コンビニのパンにハマってるとか、6月なのに暑すぎとか、奈帆に似てる子とすれ違って顔見たら奈帆じゃなくて寂しかったとか。
私は男の名前でアカウントを別で1つ作り、男のアカウントで毎日涼をチェックして、何も投稿がない日は涼がタグ付けした事のある女、過去にコメントを残している女のアカウントを見に行っては、いま涼と過ごしてるのはこいつなんじゃないかと妄想し絶望した。涼と2人で飲んでいるところをタイムラインにあげてる女を見つけると、どうせブス、涼が自分のアカウントに何も書いてないんだから大した女じゃない、私と一緒だと言い聞かせて自分を落ち着かせる毎日だ。

涼との出会いは、私が家の外に出るきっかけを与えてくれたけど、生活そのものは変わらなかった。起きてすぐスマホを開いて涼から返信が無いか確認して、ベッドから出たらテレビを点けてゲーム機の電源ボタンを押す。
2000時間以上プレイしてる狩猟ゲームのロード時間が長く、今まではロードに入る度に毎回電子タバコを吸いながらスマホのパズルゲームをプレイしてロードが終わるのを待っていた。最近は涼に送ったメッセージに既読がついたかどうかの確認、涼がSNSを更新してないかの確認をしているとロードが終わる。返信がないのにSNSが更新されている時は酷く落ち込み、前回は返信をくれるのにどれくらい時間が空いただろう、一番長く返信が来なかったのは何時間だったか、それを越えたらもう二度と連絡をくれないんじゃないかと悲観して心臓が冷たくなる。モンスターを狩り始めると徐々に冷えた心臓の存在感は薄れ、難易度が高ければ高いほどゲームに没入して忘れる事ができた。狩猟の腕前がどんどん上がっていく。

コントローラーを握る手を汚さずにお菓子を摘めるスナック菓子専用のお箸が便利で、ちゃんとした食事を用意するのも食べるのも面倒くさいと思っていた私は、ゲームをプレイしながら食べるポテチやら煎餅やらグミを主なエネルギー源にしていた。
モンスターからの攻撃を避けきれずHPがゼロになるとリスポーンし、集中力が切れてきたかなと一枚煎餅を摘んで口に入れて噛んだ瞬間「ガリッ」という音で思考が止まる。ゆっくり口の中を舌で探ると、左下の奥歯に激痛が走った。口の中の煎餅をティッシュに吐き出し、洗面台に行き口の中を見てみると今まで痛くも何ともなかった左下の奥歯が4分の1くらい欠けているのが見えた。酷い食生活を何年も過ごし続けてきたけど今まで虫歯にはなった事は1度も無かったのに。改めて穴の空いた奥歯を見ると、自分の体の一部とは思えないほどグロテスクで戦慄する。
慌ててネットで歯医者を調べ、家から徒歩5分の場所に明日11時から予約が空いていている歯医者を見つけた。すぐに予約して、こういう時ニートで本当によかったと思う、なんの予定もないし何時でもよかったしとにかく一刻も早く治療をしたい。焦燥感を募らせながら再びコントローラーを握る。舌を右に寄せながらモンスターを狩っていると、少しずつ欠けてしまった歯の事が頭から離れていく。

予約空いててよかった神様本当にありがとう、軽快な足取りで歯医者に向かい扉を開くと歯医者独特の匂いではっとする。これからどんな苦しい治療を受ける事になるのか、想像して一気に怖気付いたが治療を諦めこのまま歯を腐らせるわけにはいかない。
最初にレントゲンを撮ってもらい、現状と治療法の説明を受ける。欠けるまで全く痛く無かったのに大きい虫歯だったらしく、クラウンという被せ物で治療すると言われた。口の中を機械が出たり入ったり、どんな機械で何をされているのか見えない。キーーーーーンという音が強烈に恐怖心を煽ったけど痛みは一度も感じずに今日の治療が終わった。

クラウンが完成するまでに2週間かかるので2週間後に来てくださいと言われて、きっちり2週間後に予約を入れ歯医者を後にする。左奥歯を舌で触っても痛くない、さっきまで欠けて剥き出しになっていた歯の内部が綺麗に塞がって何も起きなかったみたいだ。
スマホを見ると新着メールが2件、一件は涼から「今週会いたいな」と心待ちにしていた一言だった。画面を見つめながら無意識に笑みが溢れる。
もう一件は風香から「このアフヌン行きたい」という一言とURLだった。URLを開くと六本木のホテルで開催されている桃がメインのアフタヌーンティーで、ショートケーキやタルトやムース、どれも可愛くて心が躍る。今日はとてもいい日だ。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門



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