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「真珠女」11話【銀歯】

【銀歯】

「今度はすき焼きね!奈帆のお家で!」「すき焼きもいいけど、一緒に映画観たいな」
この猛暑日が続く中、すき焼きが食べたいなんて適当だ。でも、もしかしたら、すき焼きを一緒に作る日が来るかもしれない。今度1人で練習しよう、すき焼き用の鍋なんて買ったら張り切りすぎだと思われそうだけど、可愛い食器とお箸は絶対必要だな、家には今お箸なんて無いし、食器と呼べる物はカレーの色が移ってしまったプラスチックのお皿が1枚しか無い。
涼が言ってくれる「今度」という言葉に、また会えるんだと希望を持てる事が嬉しい、幸せだなと余韻に浸りながらスマホを閉じる。

仮歯が取れる事なく2週間が過ぎ、2回目の受診で銀歯が完成した。
鏡で見ると、白い歯の中に一本銀歯があるだけで口の中が酷く不健康な見た目になってしまった。
もし涼とご飯を食べてる時に前歯が折れたりしたら恥ずかしくて死んでしまう。これ以上虫歯を作らないように、これからは定期的に歯医者に通おう。とにかく早く治療したくて口コミサイト等見ずに、歯が欠けた次の日に空きがあった歯医者を選んで予約を入れたけど、優しい先生で本当によかった。

いつも通りゲーム機に電源を入れ、スマホで涼のアカウントを見に行く。ここ数日何も更新されていない、フォロワーを永遠と辿っても涼は見つからなかった。連絡はいつも通り来てるし、気にしないでおこうと思いつつゲームがロードに入る度にSNSを彷徨った。

最近寝つきが悪い、体は疲れていると感じるのに布団に入っても寝るのに2時間以上かかる。やっと眠れたと思ってもすぐに目が覚めてしまう事が多くて、常に頭が痛い。心療内科で入眠剤だけ貰いに行こうかとも考えたけど、そもそも決まった時間に寝なきゃいけない理由は無く、市販の鎮痛剤だけストックしておくようにした。

布団に入って目を閉じても全く眠れる気がしない。一本動画を観たらスマホを閉じる、もう一本だけ、次で本当に最後、これで本当に最後。ようやく限界を感じ、最後に涼のアカウントを覗くと「振られた」「こんなに好きなのに」と2件連続で投稿されていた。

呆然と画面を見つめながら、しばらく何も考えられなかった。真っ暗な部屋で、口を半開きにしながら固まる私の顔を手に持つスマホが照らしている。
涼に自分を愛してもらう自信が無くて、涼は誰か1人を愛し求める事なんてしない男だと思い込むようにしていた。傷付きたくない一心で、私が何層にも重ねて作り上げた涼と、現実のギャップが私を苦しめている。涼に何かされたわけじゃないのに、勝手に驚いて、勝手に傷付いてるだけだ。私が涼に恋焦がれ愛しいと思うように、涼だって誰か1人に恋焦がれ愛おしむ事があって当然だ。人間なんだから、私が勝手に涼を人でなしだと思うようにしていたなんて、滑稽な話しだ。

ずっと操作をせず手に持っていた画面が消灯した。黒い画面を眺め続けてどれくらい経っただろう、スマホを置いて目を閉じた、もう涼に優しくしてもらったり、会うこともできないのかもしれない。
最後に会った帰りに百貨店で買った、涼の香水で涼の匂いになった枕に涙が一筋落ちた時、受信音で心臓が止まりそうになる。涼からだった

「水族館デートしない?奈帆と夏っぽい事したい」

いつも通りだ、本命の女に振られた直後でもセフレに優しくできる男の精神力はすごいな、何も変わらない涼にほっとする。私もいつも通り平然を装い返信をする

#創作大賞2024
#恋愛小説部門



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