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「真珠女」5話【ホテル】

【ホテル】

「おはようございます!」点けっぱなしのまま寝てしまったテレビから聞こえる女子アナの声で目が覚めた。
チェックアウトまで2時間以上あったのを確認して、浴槽にお湯を溜めながら歯を磨き、冷蔵庫の中の水を一本取り出し浴室に持って行く。湯船に浸かりながらテレビを眺めて、出てくるタレントや俳優の名前は殆どわからないけど朝のニュース番組を観てると懐かしい気持ちになるなと思う。
お湯が少し冷めてきたしそろそろ出ようとしたら「奈帆?入っていい?」と私の返事を待たずに涼が入ってきた。
「おはよう」の後、体を洗いながら何か言われたけど聞き取れずに何回も「なに?」と聞き返し、体を洗い終えた涼がシャワーを止めてからやっと「何時から起きてたの?」と言っているのを聞き取れたのが面白くて、笑いながら「さっきだよ」と答えた。

「起きたら奈帆がいなくて寂しかった、どうしてお風呂行くって教えてくれなかったの?」
湯船に入ってきた涼が後ろから抱きついてくる。
「お風呂行ってくるね、なんて言うために起こさないよ。気持ちよさそうに寝てたし」
「今度から起こして、一緒に入るから」
「起こさないよ、起こしたくない」

なんて可愛くてあざとい男なんだ、男という生き物に対してこんなに可愛くて愛おしいと思った事は一度も無かった。
「こっち向いて」と言われるがままキスをして、そのまま浴槽でセックスをした。
フェラチオ中に「欲しいですって言わないとあげないよ?」と言われ「欲しいです」と答えたけど、射精に至る寸前に「俺の事好きでしょ?ねぇ」と聞かれて、聞こえてない振りをした。

結局チェックアウトの時間ギリギリにホテルを出て、駅まで手を繋ぎ「また遊ぼうね」と言って涼が改札を通る。後ろ姿を見つめながら、もう二度と会えないかもしれないと不安になった。共通の人間関係がない私達は、どちらか一方がブロックしただけで永遠に交わる事はなくなる。今そうなったら、また1人で引きこもり続けるんだと目に涙が滲む、視界がぼやけていく。

涼と待ち合わせをした東口を出ないと家に帰れない、東口に出ると涼の匂いを感じて鬱になりそうだ。西口からタクシーで家まで帰ろうとロータリーへ向かう。
西口のエスカレーターに乗ってすぐにスマホが鳴った、涼からであってほしい、緊張しながらスマホを見ると涼からのメールだった、全身の緊張が緩みほっとする。
「今日はありがとうね、幸せな時間だった」
よかった、スマホを見つめ立ち止まり、そのまま返信をする
「私もすごく幸せな時間だった、生きててよかった、ありがとね」
またすぐに会いたいと送りたかった、けど私から会いたいって送ってしまうと、涼はもう優しくしてくれない気がした。一緒に過ごす時間をフラットに楽しむ女でいないと、涼は離れていってしまう気がした。
タクシーに乗るのをやめて東口から歩いて帰ろう、せっかく外に出たし買い物をして帰ろう、新しい下着がほしい、また涼に会えた時、今日より可愛いと思ってほしい。新しい下着と服とコスメと香水を買って、エステと美容クリニックにも行きたい、思いつく事は何でもやりたい。未来を想像してこんなに活力が湧くのはいつぶりだろう。
百貨店の入り口でブランドジュエリーの広告が目に入る、パールのチョーカーとピアス。涼が昨日付けていたピアスと同じブランドだ、いつかお揃いの何かを身につけるくらい仲良くなれたらいいな。地下一階のスイーツフロアを抜け、下着売り場は何階にあるのかフロアガイドを見つめる。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門



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