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「真珠女」10話【アッシュ】

【アッシュ】

「甘いのが食べたい、コンビニでお菓子買ってこうよ」
コンビニでビールとシュークリーム、涼はハイボールとプリンを籠に入れレジに並ぶ。

「今日は奈帆のお家行ってもいい?」

私の部屋は常に片付いてるし、家に来たいと言われるかもしれないと思って掃除もしてきた、一度家に来てくれた方が今後誘われやすいかもしれないし、ホテルに泊まるより長い時間一緒に居れるかもしれない。けど今こうやって隣に立っている瞬間も涼から見える自分の表情、姿勢、鞄の持ち方、少しでもブスが出ませんようにと必死なのに、家に来られたら少し床がざらついてるとか、インテリアの趣味が時代遅れとか、バスタオルに年季が入ってるとか、ブスばかり気になり落ち着かないと思い断った。

「急いで出てきたから散らかってるの、ホテルがいいな」
「全然気にしないのに、奈帆の部屋見てみたい」
「今度会う時は片付けておくね、初めてって大切だから」
レジで涼より先にスマホを出し店員にスキャンしてもらい、涼の手を引きコンビニを出る。今日のために買った新品のサンダルが足の小指に強く食い込み酷く痛んでいた。信号が青になった横断歩道を渡ろうと1歩踏み出すと蹌踉めき「危ない」と支えられた時、スーツを着た中年の男と目が合った。その男の顔が狩猟ゲームに出てくる雑魚モンスターに似ているなと思い可笑しくなる。「楽しいね」と笑いながら横断歩道を渡り切ってまた躓く。

ホテルの部屋に着いた頃には自分でサンダルを脱げないくらい酔っていた、ソファに座ろうとする涼を抱きしめ深呼吸する。
「ずっと会いたかった、本当にずっと会いたかった」
「俺も会いたかったよ、奈帆酔ってるね。可愛い」
涼の使ってる香水に心当たりがある、ウッディ系の甘い匂い。明日同じ香水を買って帰ろう、枕に付けて寝たらきっと毎晩涼の夢を見れる。

「涼君大好き」

言ってしまった。ずっと自分の体内に循環させておくだけの筈だった言葉が呆気なく声になって出て行ってしまった。サンダルも自分で脱げないくらい火照っていた体が一瞬で凍り付く。私は酔っているんだ、大好きと言ってしまった事を覚えてないくらいもっと酔ったふりをすれば、私から放たれた大好きという言葉が灰のように軽くなるんじゃないかと涼の服を雑に脱がす。

「もっと言って」
涼が私の顔を両手で引き寄せる。

灰になるはずだっだ大好きという言葉が、甘い香りを纏った真珠になり返ってきた。再び私の体内を循環し涼に触れる度に真珠は育っていくんだ。ずっとこうやって涼の肌を感じていたい、世界で1番愛おしい、涼に出会うために私は誹謗中傷を受け、精神を病み、引きこもっていたのではないかと思える。

「奈帆は俺のものだよね?」私の左乳首を指で摘みながら耳元で囁き、首、鎖骨、脇を舐められ擽ったくて身を捩る。右乳首を舌で愛撫されながら涼の耳を両手でなぞる。そのまま鼠蹊部に向かうと思ったが、脇腹を強く噛まれた。
痛い痛い痛い痛い、歯と歯の間で皮膚が千切れるのではないかと思うくらい強く噛まれ続け、唇が離れても噛まれていた脇腹全体が熱を帯び痛かった。涼が太ももに向かってる間に、血が出てるんじゃないかと噛まれた脇腹を触り気付かれないように指を見ると、唾液で濡れているだけだった。もう一度涼が脇腹を噛む、ああああ痛い、痛い痛い痛い。
「痛い」と言っても止めてくれなかった、今度こそ本気で食千切られるかもしれないと思った時、初めて感じる涼からの一方的な欲求で自分が支配されている事に脳の奥が高揚した。今噛んでいたいと思う涼を、噛まれてる私がはっきり認識している事がとても幸せだと。

噛まれた脇腹は歯型に沿って赤い痣ができていた、キスマークというより見た目は何かに強打した後の打撲だ。ここに涼がいる。

素面に戻りたくないと思い、買ってきたビールを一気に飲み干す。

「すごいね、まだ飲めるの?」
「スイッチ入ると止まらなくなっちゃうんだよね」

「こっち来てよ」

腕の中に戻ると瞼が急に重くなる、いい匂い、次はいつ会えるんだろう

「牡蠣パスタ美味しかったな」
「今度奈帆の手料理食べたい」
「私料理するように見える?」
「俺のために作ってよ、すき焼きがいい」

すき焼きくらいだったら作れるかもしれない、一緒にスーパーに行って、一緒に台所に立って、美味しくできたねと笑いながら一緒に食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、一緒に住む事になって、私の家が涼の匂いになって、風香に「付き合うことになったんだよね」って報告する日が来るかもしれない。浮ついた妄想がどんどん大きくなる。

「すき焼き一緒に作って食べよ」

ずっと涼のスマホが鳴り続けてるのを無視しながら涼の脚に自分の脚を絡める、シーツが擦れて痣がヒリつく。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

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