見出し画像

「真珠女」8話【猛暑】

【猛暑】

「私も会いたい、今週いつでもいいよ涼君の都合のいい日で」
「明日は?」
「明日大丈夫だよ、19時くらいにする?」
「オッケー!牡蠣食べたいんだけど奈帆って牡蠣食べれる?」
「牡蠣大好き!生も焼きもフライも全部好き!」
「じゃあ池袋で牡蠣食べれるとこ探して予約しておくね!」
「ありがとう!涼君に会えるのすごく楽しみ」
「俺も奈帆を食べるの楽しみだな」

顔がカッ熱くなり口を一文字に結ぶ、どうしてこんなに恥ずかしい事を言えるんだろう。
「私食べられちゃうの?笑」
「毎日奈帆の事食べたいって思ってるよ」
じゃあ付き合おうとか、じゃあ同棲しよう、なんて言えない。涼は毎日誰かのことを食べたくて、毎日食事がしたいんだ。
「私カロリー高いから毎日食べたら太るよ?でも涼君が大きくなってくれるの嬉しいから毎日食べられたい」
軽く性的なニュアンスを追撃で盛り込み、食べられることに肯定の意思を伝える、完璧な返信かもしれない。
「奈帆ってエッチだよね」

お互いの上澄みだけに触れるようなやり取り。なんの意味も無いような気がするけど一番大切な事で、私が少しでも涼の奥に触れたいと手を伸ばしたら関係は崩壊してしまうと肌で感じる。

「明日いっぱい食べれるように絶食して行く!」
歯医者から帰宅し、明日は何を着て行こうかとクローゼットを漁る。去年「勝負服に」と思い購入したものの、勝負したいと思う日は来ず、一度も袖を通した事の無かった黒いワンピースを手に取り鏡の前で体に当ててみる。すると、新しいサンダルが欲しいなと思い立ち再び家を出た。6月の中旬、まだ梅雨入りもしていないのに連日気温が30度を超えている、今年の夏はどれだけ猛暑日が続くことになっても、引きこもりの私には関係ないと思っていた、まさか真昼間に2回も家を出るなんて。
駅までの道のりにあるプチプラファッションの路面店に、ディスプレイで「涼」と大きな漢字が吊るされている。ドラッグストアの前を通ると「究極冷感 極涼」と書かれた冷感グッズが大量に置いてあった。「涼」という文字を見かける度に涼の匂いが脳天に甦る。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?