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「真珠女」9話【センス】

【センス】

昨日気に入って買ったのはシルバーのサンダルで、ストラップのスパンコールが可愛いと思い即決した。
黒いキャップスリーブにスリットが入ったタイトなワンピースを着て、シルバーのピアスとネックレスを身につける。今まで購入してきたアクセサリーの大半はゴールドだったけど、たまにはシルバーもいいなと思いながら涼が予約してくれた店に向かう。

「なんか前より更に可愛いくなった?ドキドキする」
「ごめんね少し待たせちゃって」
「全然大丈夫だよ。奈帆の服のセンスすごく好きだな、スタイルいいから何でも似合いそうだけど、エッチなお姉さんって感じ」
「こんな場所でエッチなお姉さんなんて大きい声で言わないでよ」
「思ったこと全部伝えたいの」

向かいに座っている涼が私の手を握る「恥ずかしい」と言いながら片手でメニューを取りぱらぱらと捲っている間、緊張で文字が頭に入ってこない「お飲み物お決まりでしたら伺います」と店員が聞きに来るまでずっと手を握られていて、一度も涼の顔を見れなかった。

生牡蠣、焼き牡蠣、牡蠣フライ、牡蠣のクリームパスタ、ポテトフライを一気に注文し、2杯目のビールと一緒に生牡蠣がテーブルに乗った。スマホを手に取り生牡蠣の写真を一枚撮る

「私写真のセンス無いんだよね」
「見せてー!ああー、本当にセンス無いね。俺が撮ってあげる」
私のスマホを渡して撮ってもらうと、同じ牡蠣なのに涼が撮った牡蠣の方が、お洒落で美味しそうに見える
「うわぁ、なんかすごくお洒落に撮れてる!」
「奈帆は映えとかそういうのに興味なさすぎだよね、でもそういうところも好き」

涼の口から軽く放たれた“好き”が頭の中で何度も反響する。浮かれてはいけない、動揺してはいけないとビールの残りを一気に飲み干す。涼は“好き”という言葉を、息を吐くようにして放つ訓練でもしたのだろうか、普通好きではない相手に好きと言ってしまったら後が面倒になると躊躇しないだろうか、私はそうだ、好きという言葉に責任をとれないから自分が好意を抱いてない異性に好きと言われても「ありがとう」で流すので精一杯だ。涼は今まで“好き”と放った相手に責任を求められ修羅場になった事はないのだろうか。のらりくらりと責任を躱わす術を心得ているのだろうか、それとも、単に責任を求められたら逃げるつもりなのか。きっと後者だ、私が涼の“好き”に便乗すればきっと涼はいなくなってしまう。ここまで考えても涼から放たれた“好き”という言葉は不愉快でも何でもなくて、私の心は甘やかに綻びてしまう。

“牡蠣に合う日本酒”と書かれたポップが目に入り、いくつかあった銘柄のうちオススメを店員に聞いて2人で飲み始めたくらいから、自分が少し酔い始めてる事に気が付く。しっかりしなきゃと散らばりかけた意識をかき集め、料理を食べ進め、トイレに立つと足元がふらついた。トイレの洗面台で手を洗いながら、蛇口から流れる水に自分の冷静さも流れていくようだった。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門



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