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「真珠女」3話【鏡】

【鏡】

約束の日、池袋駅の東口で涼を待っている間何度も手鏡で顔を、ショーウィンドウで全身を確認する。落ち着かない、落ち着かない様子を後ろから見られてたら恥ずかしいなと更に落ち着かない。待ち合わせの時間を5分ほど過ぎた頃、手鏡を鞄に仕舞い視線をあげるとハーフジップの白いプルオーバーを着た涼らしき男と目が合い、小走りで近づいてくる。

「初めまして」「初めまして!ごめんね池袋あんまり来なくて迷っちゃった」
「全然大丈夫です、私が張り切って早めに着いてしまっただけなので」

背は170センチくらい、艶っとした控えめな茶髪が白い肌を引き立てているように見える。
「平日なのに人多いね!」涼はくしゃっとした笑顔で言った。
「今日会えるのすごく楽しみにしてたんだ」「アイコンの写真より、すごく可愛いじゃん、スタイルもいいし何でそんなに可愛いの?」「髪の毛透き通ってる!触りたくなる」涼はマシンガンのように金平糖を投げ続け、既に生クリームだらけの私の身体に金平糖がペトペトくっ付いていく感じがした。目が泳ぎ顔が引き攣り手に汗をかいている事がバレてしまわないように、優しい言葉をかけてくれて、ご機嫌をとろうとしてくれて「ありがとう」と言うしかない。

体が触れるか触れないかの距離を保ちながら歩いて、居酒屋に入った。ビールで乾杯しながら改めて涼の顔を観察する。
小さめな目に長い睫毛、綺麗な鼻筋、ジョッキを握る手は華奢だけど、関節と血管に男性を感じる。
ついさっきまで私のことを「奈帆ちゃん」と呼んでいたのに気がついたら「奈帆」と呼ばれていた。こういう距離の詰め方を私はできない。中学生の時、初めて付き合った人に「下の名前で呼び合おう」と言われたけど、ずっと苗字で呼んでいたのを思い出した。今日愛橋先輩と喋れますように、愛橋先輩が私の事を好きになってくれますように、愛橋先輩と手を繋いで帰れますようにと日々呪文のように唱えていたら“愛橋先輩”という響きが愛おしくてたまらなくなり“愛橋先輩”と口にするだけで愛撫し愛撫されている気分で、付き合ってから別れるまで愛橋先輩を下の名前で呼ぶことは無かった。

「奈帆は全然自撮りとか載せてないよね、お酒ばっかり、可愛いのになんで?」
「自撮り苦手なんだよね、カメラを自分に向けてると虚しくなるというか」
「アイコン可愛いなって思ったけど、アイコン以外に奈帆の写真が無いから全然違う女の子が来るんじゃ無いかって思ってたよ」
「涼君にメッセージ送るまでアイコンは去年行った海だったんけど、顔がわからないと返信してくれないだろうなと思って今のアイコンに変えたの」
「そうだったの?確かに顔がわからなかったら飲みに行こうなんて言わなかったな」

そりゃそうだ、と思うと同時に涼は1日に何人の女からイケメンですねメッセージが来るのだろうと想像して首の後ろがヒヤッとした、そして実際に会う女をどの基準で選んでいるんだろう、顔はブスでもスタイルがよかったらいい、とか、顔がそこそこ以上で太ってなくて身内と繋がりが無かったらいい、とか、顔がタイプだったら身内の後輩だろうが先輩の元カノだろうが何でもいい、とか、何か基準があるんだろう。そして私はその基準をクリアして会えているんだと、会ってまだ小一時間の時点で、私と涼の関係は今後どんな形でいつまで続くかわからないけど、自分が主導権を握る事は無いだろうと悟る。
ラストオーダーのジントニックを飲み切るまで2時間半くらい喋っただろうか、共通の知り合いもいない、共通の趣味も無い、共通の好きなインフルエンサーもいない、注文した枝豆の塩加減が絶妙とか、お刺身は鯛が好きとか、あの店員さん絶対いい人だとか、今お互いの目の前に映ることばかり話した。
本当は彼女がいるんじゃないかとか、過去の恋愛経験とか、SNSで知り合って実際に異性と会うのは涼にとって日常茶飯事なのか、聞きたい事はたくさんあったけど何も聞かない。よく聞かれる事を聞く女にはなりたくないと思うし、私自身がよく聞かれる事を聞いてくる人は好きじゃない。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門




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