湿り
眠ろうとするといつも眠れなくなるのは、眠らなければ朝が来ないと感じるからなのかもしれない。
低気圧はいつも頭がズキズキと痛むけれど、雨は好きで本当は雨の中傘をさして気まぐれに散歩したいのだ私は。私の田舎は本当に小さな村で、人が歩こうものなら否が応でも目立ってしまうから外に出るのは好きじゃなかった。大学進学とともに出てきた東京。綺麗にメイクをして可愛らしいワンピースを着て歩くことがこの上なく楽しい。映画の美しいヒロインは「みんなが私に振り返る。」けれど、私は誰にも見られていないということで初めて無敵になれたのだ。脆弱な無敵なので、窓ガラスに写った自分を見て我に返るのだけれど。
東京を歩くのが好きだ。
私はすぐに傘をどこかへ忘れる。そもそも折り畳み傘は持ち歩くのを忘れるし、使ったビニール傘はお店に入る度に多分置き忘れている。小雨が降っていてもこれくらいならいいやと傘を刺さないまま出ることも多いので、さしてきた傘をそのまま店に忘れたりする。結局どこかでビニール傘を買う。1度無くさないようにと可愛くてちゃんと2000円くらいの折り畳み傘を買ったが、どうやら日傘だったようで開け閉めが面倒くさい。こういうところだ、私の悪いところ。確認不足、詰めが甘い、端的に言ってしまえばポンコツ。
でも私は、傘の中でビニール傘が一番好きだったりする。雨の日の車のヘッドライトや信号、町あかりが反射する濡れたアスファルト、そういうのをこっそり眺めているような気分になるからだ。赤や青では見えない傘越しの街が好きだ。俯いて歩く人達の中で心地よい寂しさに浸って1人ゆっくり歩く。
時々、開きたくない記憶の扉がぎぃと軋んだ音をたてながら開こうとしてくるのを無理やり閉じながら、夜の雨の東京を散歩する。
家に帰ってチキンラーメンに育てた豆苗を入れて食べる。まだ外に振る雨音を聴きながらすするチキンラーメンは美味しい。
実家は古い一軒家だ。あんまりすごい雨だと雨漏りする時がある。その下にバケツを置いて、テン......テン......と一定のリズムで落ちてくる水滴の音を聞く。お風呂に入っていると外の雨樋からはざぶざぶと雨が落ちている音と雨が降る音が聞こえてくる。山は霧ですっかり覆われて、いつも以上に緑緑しく光っている。
寝る前、2階に上がる階段の上にある窓のカーテンを少し開けて、暗闇にぼんやり浮かぶ街灯を見る。今日はやけにアスファルトがキラキラだ。
朝起きてまだ雨が降っていると、まるで昨日がまだ終わっていないような錯覚がして、少しだけ今日は不器用でポンコツでネガティブで自意識過剰でしょうもない失敗ばかりの自分を、雨が洗い流してくれるまで、もう少し家の中でゆっくりしようと思える。
次の日晴れていても、まあ結局私は私のままだったりして、まあなんとかやっていこうかなって。
ね。
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